2017年10月17日

沖縄人 骨折多発

沖縄人 骨折多発!
沖縄の人は骨折しやすい? 発生率男性1位女性2位

 高齢者に多い「大腿骨近位部骨折」について、近畿大や大阪医大の研究グループが人口10万人当たりの発生率を都道府県別に調べた結果、沖縄は男性が全国一高く、女性は全国で2番目に高かったことが14日、分かった。

 また、全国の中部から関西、九州など西日本で高い傾向がみられる。都道府県の比較での最大差は約2倍。研究グループは、明確な要因は不明としながら「食生活が影響している可能性もある」との見方を示している。

 大腿骨近位部は、足の付け根の股関節に接する部分を指し、骨折すると寝たきりなど介護が必要な状態になる原因となることが多いという。
骨折.jpg

 調査は、レセプト(診療報酬明細書)を基に作成された厚生労働省のデータベースを活用。2015年の40歳以上の患者15万2千人(男性3万2千人、女性12万人)を都道府県ごとに振り分け、人口10万人当たりの発生率を算出した。

 全国平均を100とすると、患者数が多い女性の場合、最高は兵庫の120。次いで和歌山と沖縄(118)、奈良と大分(116)だった。一方、男性で、最も発生率が高いのは沖縄の144。和歌山と長崎(126)、佐賀(124)、兵庫と鳥取(121)が続いた。

 これに対し男女とも低いのは秋田(男性63、女性65)、青森(男性65、女性68)。主に関西や九州で100以上、東北や北海道で100未満となる「西高東低」の傾向が確認された。最も低い秋田の男性と、最高値だった沖縄の男性では2・3倍近い開きがあった。

 この部位の骨折は、骨量が減る「骨粗しょう症」になると起きやすいとされる。研究グループの玉置淳子・大阪医大教授(疫学)は「肥満度を示す体格指数(BMI)や飲酒・喫煙、ビタミンD不足が要因として考えられる」と指摘した。

 ◆骨折は要介護のきっかけ 日常的な予防を

 「大腿(だいたい)骨近位部骨折」は骨がもろくなった高齢者に目立っており、比較的軽度なつまずきでも起きるとされている。さらに、それまで通りのようには歩けず、介護を受けるきっかけとなるなど、生活の質に大きな影響を与えることも多い。医療関係者は「高齢化が進む中、健康で自立した生活を送るためにも食事や運動などの面で日常的な予防を心掛けてほしい」と話す。

 厚生労働省によると、日本人の平均寿命は男女とも80歳を超え、日常生活に制限のない「健康寿命」は男性が71歳、女性74歳(2013年時点)となっている。16年国民生活基礎調査では、介護が必要となった主な要因として「骨折・転倒」を挙げたのは男性の6・7%、女性14・9%。「関節疾患」は男性5・2%、女性12・8%で、骨や関節など運動器の重要性が際立つ。

 こうした状況を踏まえ、厚労省は、運動器の機能が衰える「ロコモティブシンドローム」の予防に向け、適度な運動や食生活の見直しを提唱している。市町村による骨粗しょう症検診に補助金も出しており、現在は全市町村の約6割が検診を実施しているという。担当者は「健康に長生きするために、まずは普段の生活でできることから始めてもらいたい」としている。
(10/15 沖縄タイムス)







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2017年10月16日

中高年骨折 西高東低

中高年骨折 西高東低
中高年の骨折は「西高東低」 原因は不明、“納豆”が関係か

骨折.jpg  骨粗鬆症で起こりやすくなる中高年の、大腿骨骨折の人口あたりの割合は西日本で高く、北海道や東北地方で低いという調査結果を、骨粗鬆症財団や近畿大などの研究グループがまとめた。食生活の違いなどが関係している可能性があるという。

 調査は厚生労働省のデータベースを利用し、大腿骨骨折をした40歳以上の男女の割合を、年齢の偏りを調整した上で都道府県別に比べた。2015年に大腿骨を骨折した人は男性3万2千人、女性12万人。また高齢者ほど骨折しやすく、75歳以上が男性で76%、女性で87%を占めたという。

 都道府県別に比較すると、「西高東低」の傾向が浮かび上がった。全国平均を100とした骨折の発生比は、女性では兵庫や和歌山、沖縄などが120前後と西日本で高く、秋田や青森など東北以北で低かった。男性も同じ傾向で、最も高い沖縄と低い秋田では2倍超の差があった。

 今回の調査では地域間の偏りの原因は、はっきりしていないという。過去にはカルシウムの骨への取り込みを助けるビタミンKの血中濃度は東日本で高く、ビタミンKを多く含む納豆の消費量が関係するといった報告がある。研究グループは食生活が影響する可能性も考えられるとしている。

 研究グループの玉置淳子・大阪医科大教授は「気になる人は骨検診の受診、カルシウムやビタミンD、ビタミンKの摂取、運動の習慣づけや、リスクになるやせ過ぎへの注意などを心がけてほしい」と話している。20日から大阪市で開かれる日本骨粗鬆症学会で報告される。
(10/13 朝日新聞)





【酔駄言】(☂/)☁ 27/32℃:85/66%:1mm:朝のうちお湿りのち終日☁ このところ未明の☂が続いていて、真夏日/熱帯夜に加えて湿度が高い。週の半ばから☁/☂の予報で台風21号の接近、真夏日は免れるが湿度の高い熱帯夜は続くらしい。

 東京では14℃とかで冬物を引っ張り出したたらしいし、北海道では平地でも積雪が予想されるとかで、南北に長い日本列島とはいえ寒暖の差が大きい。沖縄での真夏日/熱帯夜からは想像もできないが、この温暖さを求めての移住は成功したものの・・・

 しかし、沖縄の気候に身体が順応するにしたがって、師走の半ばをすぎると沖縄も寒くなりよもやの冬支度。沖縄の人たちは15℃を切ると寒いの合唱、まさかと思った冬物の衣類に暖房器具を買う羽目に。それでも子供らは半袖/短パンで過ごしている。


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2017年10月15日

やちむん家三代展

やちむん家三代展
親・子・孫の三代が家族総がかりで窯を盛り立て

やちむん家3.jpg

やちむん家1.jpg

 やちむん通りで30余年もお店を構えているという、窯元「やちむん家」が創窯33周年を記念して、市立壺屋焼陶芸博物館で展示会を開いている。今日が最終日というので観に行ってきた。

 会場に居合わせた町民会で顔なじみの女性、やちむん家店舗の守っている次女の伊良皆さんに説明してもらい、紹介された二代目の新垣光雄氏とも話をし、新垣やちむん家窯元のシーサーは、型を用いず整形していることを知った

 やちむん家創設の窯主である新垣栄得氏は88才、奥さんの菊さん81才ともども現役の陶工。長男/次男さんは独立し当代は三男の光雄氏と、孫の三代5人に加えて、長男嫁・次女と合せて7人が家族総ぐるみで窯を盛り立てている。





【酔駄言】(☂/)☀ 27/32℃:88/64%:2mm:未明☂のち数日ぶりに青空を見ながら朝食

 やちむん家の初代である新垣栄得氏は、幼いときから陶工であった祖父の手伝いをし、戦後に叔父の新垣栄用氏に弟子入りしたとのこと。祖父は壺屋の陶工であったのかはわからず、栄用氏は首里に釜を持っていたが、壺屋出身かどうかは手元に資料がない。

 新垣姓であるから壺屋に由縁がある家系と推測されるが、数代にわたる壺屋の陶工家系ではないようで、首里の榮用窯から独立し読谷に窯を作られたようだ。いずれにしても薪窯を禁止された壺屋でなく、読谷に造ったという本来の壺屋陶工の系譜を引き継いでおられる。


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2017年10月14日

沖縄歳時記

沖縄歳時記
沖縄の自然映す季語、一冊に 独特の言葉も


沖縄歳時記.jpg   うりずんの 風を練り込み 味噌ねかす
               安田喜美子

 沖縄の風土に根ざした季語を集めた『沖縄歳時記』(文学の森)が刊行された。

 「うりずん」といった独特の季語が載るほか、「海開き」が春に分類されるなど、特有の季節感が反映されている。「うりずん」は冬が終わり、潤いを増していく春を言い表した沖縄の言葉。

 戦争の記憶や基地を詠んだ例句も多く、沖縄の歴史も思わせる一冊になっている。

                    若夏や 雲がまた雲 押し上げて
                               井上綾子

 「若夏」はうりずんの後にやって来る初夏を指す。

                     三月を 待たず離島の 海開き
                                山田静水

 「海開き」は夏の季語だが、同書では春の季語に。同様に冬の季語「鷹」は、秋に分類されている。編集は沖縄県現代俳句協会。中心となった俳人岸本マチ子さん(82)は「沖縄で句作する人は、本土の歳時記の季節感とのずれを感じている。目の前の豊かな自然を詠むために必要だった」と話す。  約10年かけて編集し、5月に刊行した。掲載された9千超の例句には、沖縄戦の記憶を思わせるものもある。

                    夏草や かつて人間 たりし土
                               長谷川櫂

 沖縄戦で人々が身を隠したガマ(洞窟)。いまは土だけが残るそこでは、米軍の攻撃によって、あるいは自決によって、多くの命が失われた。

                   ありもせぬ 祖国でありし 沖縄忌
                               池宮照子

 沖縄出身の俳人安里琉太さん(23)は「収録された季語には沖縄の歴史が重なり、記憶が映っている」と指摘する。その一方で、「基地を思わせる例句が多いことは、基地と隣り合わせの現在を表してもいる」と話す。

                     火種いま 沸点の島 蝉しぐれ
                              大城あつこ

 沖縄独特の季語を集めた歳時記には先例もあるが、句集『沖縄』を出した俳人長谷川櫂さんは、本書が本土と共通の季語も広く集め、約2800語を収録して1冊で完結しているところに注目する。

 「東京中心でつくられた歳時記を補う立場にとどまらず、自然体で沖縄中心を打ち出している。幾層にも積み重なった悲しみをふまえて詠んだ句が多く、沖縄という土地で俳句が最も活性化している感がある」
(10/7 朝日新報 一部割愛)





【酔駄言】(☂/)☁ 25/31℃:91/72%:14mm:未明の雨で終日ムシムシ、エアコンまだまだ

 沖縄に移住してから季節感を喪失した。カレンダーの節季/節気/諸侯とはかけ離れた気候で違和感がある。先ごろの寒露は阪神に住んでいたころは実感だったが、沖縄では残暑でエアコン無しでは過ごせない。そうした気象の差異を「沖縄歳時記」が、沖縄での季節感に調整してくれている由。

 早速この歳時記を買ってブログに反映させたいものだ。


ラベル:沖縄歳時記
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2017年10月13日

墜落地はクイナ繁殖地

事故現場はヤンバルクイナ繁殖地
東村高江の現場周辺 今年も幼鳥確認



動画はRBCテレビニュース

 米軍ヘリが炎上事故を起こした沖縄県東村高江の現場周辺は、国の天然記念物で絶滅の恐れが最も高いIA類のヤンバルクイナの繁殖が2012年からほぼ毎年確認され、繁殖地の南限とされている。事故現場となった牧草地も、定期的に生息が確認されているポイントだ。

 世界自然遺産に向けて環境省がユネスコに提出した管理計画では、事故現場が遺産候補地の「周辺地域」に位置づけられており、豊かな生態系に与える米軍の影響を改めて指摘する声が上がっている。

繁殖地の南限

 ヤンバルクイナは東村の福地ダム周辺まで南下してきているが、繁殖が確認されているのは事故現場の周辺まで。09年から生息調査を続けるNPO法人どうぶつたちの病院沖縄によると、事故が起きた牧草地を含む西銘晃さん(64)が所有する敷地内に、今年5月もヤンバルクイナの幼鳥が姿を見せたばかりという。

 同病院の金城道男副理事長は「調査を続けてみないと分からないが、事故の影響がないとはいえないだろう。そもそも事故にかかわらず、米軍ヘリの音がヤンバルクイナの生息地に攪乱(かくらん)を起こすと考えている」とし「やんばるの森の上を飛んでほしくない」と訴えた。

自然遺産影響も

 事故を受け、遺産候補地に隣接する米軍北部訓練場の存在を問題視する動きはいっそう強まっている。環境NGOの「OEJP」の吉川秀樹代表は、自然遺産登録に向けて現地調査中の国際自然保護連合(IUCN)の専門家2人に、事故を知らせるメールを送付。「候補地と事故現場の距離や米軍に日本政府がどれほど関与できるのかを審査の参考にしてほしい」と伝えた。

 日本自然保護協会も12日、日本政府に「世界遺産に登録されても、いつ米軍の影響が及ぶか分からないことを示した」とする抗議声明を提出。「国際的に自然環境を保護すべき場所を米軍に提供していること自体が問題で、米軍との間で環境保全のあり方を抜本的に見直すべきだ」としている。
(10/13 沖縄タイムス)





【酔駄言】☁(/☂) 26/32℃:87/67(/93)%:13mm:まだ降り続き中でムシ暑い

 高江の米軍ヘリ事故は当初の報道や号外に従って「墜落炎上」と書いたが、翌朝刊から沖縄メディアは墜落という文字を外し「炎上」だけになったようだ。なんでも3つのエンジン中1つが停止し残る2つのエンジンで、人家のない場所を探して、着陸後に火を吹いたらしいという。

 数時間後に消し止められ報道写真/映像を見ると、機体の周り数mの牧草が焼けているだけだった。さいわい住民や人家に乗員も無事であった。事故の時間が終業後だったのでマスコミの現場到着が遅れ、事故の前後を現場で目撃した数人の情報がSNSに先に流れたようだ。

 炎上の様子をスマホで撮影しツイッターに流した修学旅行生を、引率した農家分散民泊主がフェースブックに投稿している。彼の投稿を読むとうなずけるメッセーが多々あるのでここにリンクを貼っておいた。その中には事故を聞いた左派系の政治団体は『バンザイ』を叫んだとか・・・


posted by まな兵衛 at 11:27| 沖縄 ☀| Comment(1) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

米軍ヘリ墜落炎上

CH53.jpg




【酔駄言】☀/☁(/☂) 27/32℃:74/66(/85)%:日中は抜けるような青空、夕方から☁でお湿り

 昨夕にNHKニュースを肴に晩酌中「米軍ヘリ墜落炎上」を知った。晩酌後の酔駄言に号外を載せようと思ったが、沖縄2紙の電子版には載っていなかった。今朝は通院のためニュースを読めず、病院から戻った昼過ぎに2紙の電子版をアクセスしたら号外はなかった。

 グーグルでニュースをググると新報の号外が見つかった。昨夜と今日の昼過ぎの電子版には載っていなかったのは、時間差のせいだろうか? もう午中なので他の沖縄ネタを探さず、新報の号外をノーコメントでブログにアップしてごまかした。

 その後、定例の沖縄ニュースをチェックしていたら、Yahooニュースでタイムスの号外も見つかった。どちらも号外だから昨夜に(電子版で)発行したはずなのに? そして今日の昼過ぎに消えていたのは、その他の最新ニュースで押し出されて割愛されてしまったのだろうか?


posted by まな兵衛 at 14:38| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

10・10空襲と壺屋陶工

10・10空襲と壺屋陶工
那覇「10・10空襲」から73年 復興の兆し届けた陶工の情熱

 旧那覇市の9割が焼失した沖縄戦の「10・10空襲」から10日で73年がたった。焼け野原となった那覇で戦後、帰郷第1団となった壺屋の陶工103人は茶わんや甕(かめ)を生産し、住民に配給。戦争で家族や物を失った住民に「復興の兆し」を届けた。

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周囲に集落もなく、物資もない。米軍敷地からドラム缶ごと燃料をくすねていたと振り返る小橋川清正さん

 米軍機1396機が午前7時から約9時間にわたり、旧那覇市などを焼き払った1944年の10・10空襲。陶工の小橋川清正さん(79)=当時(6)=は壺屋の防空壕で家族と身を寄せ合った。

 「今の壺屋焼物博物館前に大きな爆弾が落ちた。ものすごい音だったが集落は奇跡的に無事だった」。そのまま家族と本島北部に疎開。全員が捕虜になった。

 「沖縄の人は食器もない。生活雑器を作ってくれ」。米軍から生活再建を託され、小橋川さんの父・清秀さんを含む陶工が45年11月、壺屋に戻った。

 家族が呼び戻されたのは翌年1月。港に近い東町や西町、久茂地は壊滅。激しい戦闘のあった首里も廃虚になっていた。不発弾が爆発し、同級生数人が死亡した。戦争の傷痕が色濃く残る中、陶工は茶わんやコップ、米やみそを保管する甕(かめ)作りに励んだ。

 壺屋の陶工に続き、瓦職人、商業者が次々に那覇へ戻り、平和通りや公設市場が立ち上がった。壺屋から放射状に那覇が復興していく様子を見続けてきた。16歳で父親の下で修業を始めた小橋川さん。「全てを失った県民が初めて手にした復興の証しが壺屋の陶器だった。職人の誇りを次世代にも伝えたい」。現役で壺屋焼の灯を守っている。

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機械もなく手作業の陶器作りは大変だったが
やりがいがあったと語る金城敏徳さん

 夜になっても真っ赤に燃え続ける那覇の街が目に焼き付いている。陶工の金城敏徳さん(83)=当時(10)=は避難した繁多川で半日で壊滅した故郷を眺めた。

 空襲の第1波を見た時は米機と思わなかった。空襲警報は爆弾が落ちた後に発令。すさまじい爆音が続く中、家族壕の中で震えた。「皇軍は無敵だと思っていた。迎撃もせず、米軍にやられ放題。戦争に勝てるのか不安になった」

 陶工だった父・敏雄さんは日本軍の指示で兵隊用の茶わんや電柱の絶縁体など軍用物資を生産。戦後は壺屋先遣隊として故郷に戻り、本業の生活雑器を作り始めた。

 敏徳さんが故郷に呼び戻された時は、道路に住民の白骨化した遺体が点在していた。骨を集め、弔った。米軍から譲り受けたトラックで山原の赤土を取り、沈殿池でこし、乾燥させ、足で踏み固める重労働を敏徳さんら若手陶工が担った。水おけや幼児用のおまるなど生活に必要なものは何でも作った。

 年中泥だらけで「ただ同然の土地」だった平和通りは県内随一の観光地として発展した。「73年後の発展は誰も想像していなかった。惨めな戦争から立ち上がった先輩たちの努力や熱意は並ならぬものがあった」(10/11 沖縄タイムス)





【酔駄言】☀|☁ 27/31℃:84/65%:0mm:週間天気予報ではまだ真夏日/熱帯夜

 壺屋は旧那覇の東外れの集落で10・10空襲は免れた。翌45/4〜の地上戦では首里の陸軍本部が標的で、首里と那覇の狭間の壺屋はほとんど無傷だった。ゆえに終戦後の11月に先遣隊103人が壺屋に戻って、すぐに陶器を作りはじめられたという。
 小橋川清正さんの陶房はわが1Rのすぐ裏手に現存し、長男が清正窯を守っている。金城敏徳さんの祖父はいわずと知れた人間国宝の金城次郎氏であり、子息の敏雄氏共々壺屋に戻り窯を再開した。しかし、壺屋の都市化による煙害で登り窯が廃止されて、読谷に登り窯を再構築し読谷壺屋の始祖となった。


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2017年10月10日

ヤンバル秋の風物詩

ヤンバル 秋の風物詩
クワンソウの花満開く



 南国沖縄にも秋の気配です。

今帰仁村では秋の訪れを告げるクワンソウの花が満開となっています。今帰仁村上運天のざまみファームではクワンソウの花が畑一面をオレンジ色に染めています。

 クワンソウの和名は「 」で沖縄では昔から天ぷらやおひたしなどの食材にしたり、鎮痛効果や睡眠効果がある薬草として親しまれています。

 満開を迎えたクワンソウ畑には週末ともなると花見客が訪れ、花摘みなどをしてヤンバルの秋を堪能しています。クワンソウの花摘みは今月いっぱい楽しめるという事です。
(10/4 RBCテレビ)





【酔駄言】(☂/)☀|☁ 27/32℃:87/66%:1mm:3日続きの未明のお湿り、明け方ムシムシでエアコン1℃下げ

 クワンソウ満開のニュース映像を視て思い出した。たしかアレはニッコウキスゲの群落だったなぁ。そのころ(45〜6年前)東京に住んでいて、大阪から義母が孫たちに会いに上京してきた。義母の発案で日光に行き中禅寺湖の上流で、ロープウェイから斜面一面に咲き誇るニッコウキスゲを見た。

 あいまいな記憶だがニュース映像で連想が働いた。花の種類には詳しくないが似たような赤い花の群落で、頭の片隅に鮮烈に残っていた記憶。義父が交通事故で亡くなったのはその後だったか? 結局は義母と同居するため会社をやめ帰阪した。長男4〜5才? 次男1才の頃の昔話・・・


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2017年10月09日

那覇大綱挽 東が勝利

那覇大綱挽 東(壺屋側)が勝利
ギネス認定の40トン、伝統の那覇大綱挽に27万人


大綱挽-o.jpg  世界最大級の大綱を引き合う第47回那覇大綱挽が8日、那覇市の国道58号久茂地交差点で行われた。

 引き手や観客など主催者発表で約27万人が詰め掛け、会場は熱気に包まれた。開始から約10分で東が5メートル以上動かして勝利を収め、通算成績は東の15勝14敗15引き分けとなった。

 長さ200メートル、重さ40トンの大綱を、約1万5千人が「ハーイヤ」と声を上げながら引き合った。

 雨が降ったりやんだりする中、約10分で勝負が決着。主催する那覇大綱挽保存会は「こんなに短時間で決まるのは珍しい」と驚いた様子を見せた。

 大綱挽は琉球王朝時代の15世紀に始まったとされる伝統行事。1935年を最後に一度は途絶えたが、71年に復活した。

97年には米わらで作った綱では大きさが世界一としてギネスブックに認定された。
(10/9 沖縄タイムス)





【酔駄言】(☂/)☁|☀ 26/31℃:90/69%:6mm:明け方の雨で湿気が上がりムシ暑い

 このseesaaブログが朝からアクセスできず、ツイートを調べたら昨夜から障害を起こしいたらしい。朝から30分毎にアクセスするが回復したのは15:30だった。さっそく昨日の大綱挽の結果をアップししたが半日おくれ。開通したseesaaサイトには障害情報も謝罪もなし。

 昨日の大綱挽の写真で壺屋の旗頭は右の一番上、赤い纏の旗頭が壺屋で東方の最後尾7番旗。実行委員と子供らの鐘太鼓方は綱の反対側で、中央での出来事はナーンにも見えない。来年はくじ運が良ければ2番旗を期待したが・・・ 東1番は牧志に固定されている。


posted by まな兵衛 at 16:29| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

壺屋旗頭出陣

壺屋旗頭出陣
やちむん通りを道ジュネー


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旗頭ジュネー3.jpg
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 壺屋町民会の那覇大綱挽「旗頭」が出陣した。町会の村拝所ビンジュル御嶽で出陣式を挙げ、やちむん通りをジュネーしながら、通りの東入口「アガリヌガー(東井戸)」と西入口の「ニシヌメー(北宮)」前で、旗頭を舞わすガーエーを行い、集合場所ゆいレール牧志駅前の壺屋小学校へ向かった。





【酔駄言】☀/☁|☂ 27/32℃:79/67%:1mm:昼前から☁で旗頭ジュネーは少し楽だった? 夕方のお湿りで湿度が67%から一気に78%に上昇。

那覇、102年ぶりに10月の観測史上最高気温タイを記録


 昨日の那覇は朝から日差しが降り注ぎ、気温がぐんぐん上昇。もう10月だというのに、平年より4℃ほど高く、13時21分に33.0℃を観測した。これは、1915年10月2日と並ぶ10月の最高気温。実に102年ぶりの暑さだった由

 大綱挽が終わって撤収する頃のお湿りでみーんな汗ばんだだろうなぁ、お疲れ様でした。せっかくの寒露というが沖縄では死語にひとしく真夏日の真っ最中。今夜も熱帯夜でエアコン点けておやすみなさい、明日の体育の日はゆっくり身体をやすめてください。


posted by まな兵衛 at 10:42| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月07日

うふんなすねーい

あした那覇大綱挽・旗頭行列
うふんなすねーい(旗頭行列)に壺屋も参加


旗頭.jpg
壺屋は左から3番目(今年は7番目)

      ◆那覇大綱挽行列の旗頭

 那覇大綱挽の良さは、指笛、爆竹、銅鑼、鉦子、太鼓、支度、空手がーえー(我栄)などの独特の伝統様式にありますが、最大の特徴は、うふんなすねーい(挽行列)で、黒装束のむむぬちはんたー(股引半套)を身にまとった、にーせーたー(青年達)の舞わせるはたがしら(旗頭)にあります。

 旗頭は、「村のシンボル、まもり神」として古くから地域のてぃぐまー(細工師)によって、村々の繁栄を込めて考案製作され、大綱挽を応援する村の旗印です。旗頭は、勇壮、華麗、優美、荘重とその形や色彩を争い、大旗の旗字は、古今の名著から取った句柄が大書され、町や村興しの目標ともなっています。

 この旗頭を躍らせるはたもち(旗持)は、ちゅらばた(美ら旗、旗頭を見事に躍動させること)を競い、それを那覇男子一生の誉れとしています。各地域には複数の旗頭がありますが、現在、那覇大綱挽保存会登録の公式の伝統の旗頭は14旗。

 うふんなすねーい(大綱挽行列)は、この旗頭を中心に、東西に分かれてすねーいをしますが、先頭に地域代表の実行委員、子供たちのしるしばた(印旗)、太鼓、鉦子、ぶら(ほら貝)が、独特の調子で演奏しながら行進する様子は那覇大綱挽行事の圧巻です。
(那覇大綱挽保存会)

大綱挽マップ.jpg

       ◆那覇大綱挽 スケジュール(10月8日(日)

・旗頭行列(うふんなすねーい)/国際通りにて
(11:00) 集合(西:さいおんスクエア/東:壺屋小学校)
(11:15) 出発式(壺屋小学校)
(11:30) 行列出発
(14:00) 行列終了

・那覇大綱挽(国道58号線 久茂地交差点)
(14:30) 交通規制/旗入れ開始/旗頭14旗揃
(14:45) 那覇大綱挽式典:旗頭全旗一斉/ 綱寄せ/ かぬちちじ/ 支度寄せ/ 支度我栄/ 綱方我栄/
(16:10) 大綱挽開始(鉦子打ち込み)/ 綱挽/ 勝負審判/ かちゃーしー/ 嘉例綱取り





【酔駄言】☀ 27/33℃:81/59%:0mm:まだまだ真夏日/熱帯夜でエアコン28℃自動

 いよいよ明日は那覇大綱挽「旗頭ジュネー」、壺屋の旗頭は今年は東方の7番旗の最後尾で、国際通りをジュネーしたあとの綱曳き会場には、国道58号線北側の最後尾に陣取る。大綱の最後尾だと中央での演舞/ガーエーは全く見えず、疲れるだけでチートモ面白くない。

 一昨年に壺屋町民会の役員歴が満3年を経由し、やっと町民として認知され実行委員の一員として、ジュネーに参加を許されたが一度でこりた。7時に壺屋ビンジュル御嶽に集合し帰着が18時で、それから町民会館での大宴会を途中で抜け出し帰宅は21時。

 実に14時間6kmのジュネーと綱曳きガーエーは、シルバーにとっては辛い伝統行事だ。町民会実行委員には78歳の会長ををはじめボクより年長者が3人いるが、皆さんタフでおそれ入谷の鬼子母神? まぁ、旗頭方の青年部「華鴻会」の重労働と重責には頭が下がるが・・・


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2017年10月06日

あさって那覇大綱挽

大綱挽ポスター.jpg





【酔駄言】☀ 27/33℃:81/59%:0mm:昨日の26日ぶりの雨から一転、ほゞ快晴のなか病院へいってきた。11時の予約に10時に徒歩で出かけるつもりが、ピーカ〜ンの強い日差しで自信をなくしタクシーを呼んだ。診察を終えすぐ近くの調剤薬局へ行く12時ごろ、(あとで調べたら)33℃

 今日は内科だけで(眼科は1週間後)採血とレントゲン、全て異常なし(1割負担)で1.100円なり。薬剤が1,680円(1割)で往復のタクシー代が1,100円。院内コンビニの新聞と昼食パンで640円を合せて合計4,530円なり。半日の出費としては結構な金額になった。

 それにしても診察と薬代で2,790円は1割負担なので、那覇市の国保会計は病院に27,900円も支払うことになる。いかに(後期)高齢者が地方自治体の医療費会計を圧迫しているか! 少子高齢化が進んでいて年寄りが増えるに連れて、現役の負担が増していき申し訳ないなぁ・・・


ラベル:旗頭 那覇大綱挽
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2017年10月05日

十五夜にふちゃぎ?

十五夜にふちゃぎ?
十五夜のお供え「ふちゃぎ」



 旧暦の8月15日。県内では、仏壇や火の神にお供えするものがあります。 今月の一大イベントにも縁起物として欠かせない沖縄の伝統食を紹介します。(10/4 RBCテレビ)





【酔駄言】☁|☂ 27/30℃:84/71%:2mm:明け方と昼前の雨で湿気が高くムシムシ

 またまた初耳の島言葉「ふちゃぎ」? 映像の解説に書いてないのでビデオを見ると、『吹上餅』のことだそうだがそれも初耳。ヤマトゥでは中秋の名月にはすすきと月見団子を、月の出の方向に飾るということはしたことがある。しかし、沖縄では習慣が違うようで仏前に供えるらしい。


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2017年10月04日

大綱挽 大綱仕上がり

大綱挽 大綱仕上がり
「那覇大綱挽まつり」の大綱が3日披露された



 今月7日から始まる「那覇大綱挽まつり」の大綱が3日披露され、城間那覇市長が出来栄えを確認しました。ことしの大綱は、男綱と女綱を合わせて全長200メートル、重さ40トンです。

 那覇大綱挽保存会によると、ことしの8月中旬から綱づくりをはじめましたが、ことしは台風の影響も少なく、例年よりも早く仕上がった上に綱が乾燥していて出来栄えも良いと言います。
(10/4 RBCテレビ)





【酔駄言】☀ 27/30℃:77/58%:0mm:今夜は☁で十五夜はみえず

中秋の名月.jpg


 沖縄の旧暦 「ハチグヮチジューグヤ(八月十五夜)」には各地で綱曳きなど行われるという。戦後の駐留軍で文化面を担当した将校が、除隊後に「8月15夜の茶屋」という小説を書きブロードウェイでヒットしたという。後に映画化されマーロン・ブランドと京マチ子が主演した。

 音楽を担当したのはかの金井喜久子で、沖縄出身で日本初の女性シンフォニー作曲家だという。彼女のことは色々と調べてHPを作ったので、彼女が映画の音楽を担当したことは知っていたが映画も曲も聞いたことが無い。


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2017年10月03日

離島にお試し移住

空き家にお試し移住
島の生活、体験を 空き家提供“お試し移住”希望者募る
うるま市の5離島



 沖縄県うるま市は、島しょ地域の少子高齢化や過疎化を食い止める解決策の一つとして、ことしから「うるまのお試し移住」を試験的に実施している。

 「うるま市島しょ地域活性化事業」の一環で、市内の島しょ地域への移住希望者が、空き家で最大10日間移住体験をすることができる。同事業の活用により、移住後の生活が疑似体験できるほか、地域とのマッチングや双方の相互交流を図る。

 お試し移住は、うるま市が昨年度実施した伊計島や平安座島、浜比嘉島、宮城島、津堅島の空き家調査で、活用可能な家を選定して実施している。将来的に移住を検討している人が対象で、1〜4人まで受け入れ可能。4〜10泊まで体験でき、希望者は宿泊日数にかかわらず1人当たり2千円と住居費として1組4千円が必要。

 事業を請け負う「プロモーションうるま」によると、ことし1、2月には伊計島の空き家に8組を受け入れた。そのうち、1組が同体験を通じ伊計島への移住を決めたという。今回は1日から12月末まで、2度目となるお試し移住の希望者を呼び掛けている。

 プロモーションうるまの仲宗根多恵美さんは「『お試し移住』中に、地域の人との交流や文化体験などを通じて関係を構築することができる」と移住を考える人にとって前向きな体験になると語る。さらに、高齢化や人口流出などの課題がある島しょ地域にとっても「移住希望者との交流で、人柄を知ることができ、地域の魅力の再発見にもつながる」と地域にとってもメリットになると話した。

 お試し移住に関する問い合わせは(電話)098(923)5995
(10/2 琉球新報)


うるま離島.jpg





【酔駄言】☀ 26/31℃:80/55%:0mm:本日は快晴、日照とともに湿度が反比例で下がりさわやか
 うるま市の勝連半島沖に浮かぶ4島(伊計島/平安座島/宮城島/浜比嘉島)は、架橋と海中道路で沖縄本島につながっている。だから本来の離島でなく車の往来が可能だ。島にんじんで有名な津堅島は本土や4島と距離があり、橋はなく船便のみで本当の離島になる。

 離島の津堅島には高校がなく進学には、本島の親戚・知人宅への下宿か寮住まいをせざるを得ないことや、卒業後の帰島でも就職先が限定され、若年人口の減少に歯止めがかからない。一方の架橋4島でも車やバスでの本島への通勤/通学は可能だが、そのために逆に流出が多く過疎化が進んでいる。

 いずれにしても過疎化対策に移住を促進しようにも、就業先の確保が前提でリタイア組しか期待できない? 地域の農水産関連に職を得たとしても、地域社会への融合が課題として浮かび上がる。そのための「お試し移住体験」だろうが、ほんの1週間あまりでは不可能なのでは・・・


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2017年10月02日

折り鶴チビチリガマに

折り鶴チビチリガマに
米軍関係者が折り鶴 チビチリガマに1万6千羽
SNS拡散、世界中から届く


チビチリガマ.jpg  少年たちによる器物損壊事件が起きた読谷村のチビチリガマで9月30日、米軍関係者や基地内の小学生らが折り鶴1万6千羽をささげた。

 折り鶴は米軍人の夫がいる米軍嘉手納基地在住のヘザー・イェイツマンさん(42)がSNSなどで呼び掛けて集めた。イェイツマンさんは「(ガマを保存し)米国人にも歴史をつないでもらい感謝している。私たちも(遺族の)皆さんの心の痛みをなくす行動をしていきたい」と話した。

 イェイツマンさんは、ニュースで少年たちによってチビチリガマの折り鶴が破損したことを知り、9月13日にSNSで折り鶴の提供を呼び掛けた。千羽を目標にしていたが、SNSを見た米軍関係者など世界各地から折り鶴が届けられ、1万6千羽以上が集まった。

 イェイツマンさんは、たくさんの折り鶴が集まったことは「沖縄の人々の心の痛みに寄り添いたいという気持ちの表れだ」と話した。折り鶴は今も寄せられており、今後、県内の他の戦跡への寄贈を検討している。

 米軍牧港補給地区(キャンプ・キンザー)内にあるキンザー小4年のミナ・ハイアットさん(9)は「ニュースで事件を知り、自分たちでも鶴を折って贈りたいと思った」と語った。

 折り鶴と一緒に100を超える寄せ書きを集めた冊子がチビチリガマ遺族会の与那覇徳雄会長に贈られた。与那覇会長は、チビチリガマで住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた歴史に触れて「平和を願う気持ちは世界共通だ。ありがとう」と感謝を述べた。
(10/2 琉球新報)


◆チビチリガマ(wiki)





【酔駄言】☀☀ 25/30℃:85/64%:0mm:50mh:あと1℃で真夏日/熱帯夜を免れる

 チビチリガマのイタズラは戦後の沖縄教育が、正しく教えていなかったから発生したようだ。一方、米軍は駐留家族・子弟に正しく教えていたのか、即座に反応し折り鶴の奉納をいち早く実行した。国内・沖縄でも動きはあったと思いたいが、残念かつ清々しいニュースではあった。

 先月末で電子新聞の産経ネットビューが終了し、後継のサービスが1,500円/月なので申し込んだが、クレジットカードがないと決済ができないという。そこで朝日/毎日と日経を調べたらソフトバンク/ドコモで支払いができるので、一番安い毎日(3,200/月)に申込んだ。

 ところがSB/Docomoの承認でつまずき、3日がかりでやっと朝日(3,800/月)に申し込めた。早速、紙面イメージの画面を読んで、やっぱり新聞はネットの横書きでなく、紙の画面でないと読んだ気がしないなぁ。朝日にはチビチリガマの折り鶴は掲載されていなかった。


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2017年10月01日

通販と宅配料金 ⇑⇑

通販と宅配料金が値上がり
ヤマト運輸、運賃1日から値上げ 平均15%、27年ぶり
ヤマト、アマゾン向け値上げ合意 4割超


通販ランキング.jpg  宅配最大手のヤマト運輸がインターネット通販最大手の米アマゾンとの運賃交渉で値上げすることで大筋合意したことが27日、わかった。

 値上げ幅は4割超となるもようだ。ネット通販の利用者急増で、人手が足りない物流が成長の足かせになりつつある。ネット通販の成長と消費者の利便性維持を両立するために、物流会社、荷主、消費者の間で物流コストを再配分する動きが本格化してきた。

 宅配便最大手のヤマト運輸は1日の発送分から個人向けの運賃を平均15%値上げする。値上げ幅はサイズに応じて税抜きで140〜180円。値上げは27年ぶり。

クロネコ料金.jpg
                              (関東〜沖縄も同じ料金)





【酔駄言】☀ 26/31℃:61/47%:0mm:45mh:エアコン室内湿度より外気のほうがカラッと

 通販はよく利用している。もっぱら送料無料のアマゾンを贔屓にしている。アマゾンでも自社の倉庫から出荷するは無料だが、出品者の直送は結構な送料がかかる。小物はアマゾンの倉庫に在庫しているようだが、ちょっと大きな品物は業者からの直送となる。

 だから「アマゾンよりお送りします」商品しか買わない。たとえば三州岡崎の八丁味噌は味噌蔵の直送しかなく、1,500円の味噌に1,000円の送料では買えない。一方、山本山の缶入り海苔は1,000円だがアマゾン在庫で無料だ。これは那覇では売っていない? ので重宝する。

 しかし、いかんせん遠く離れた沖縄では1週間近くも待たされる。通販ではないが宅配は大いに利用している。COOPは毎々週に届けてくれ助かっている。イオンの宅配もCOOPにない店頭の食料品があり重宝している。シルバーにはありがたい通販/宅配で大助かりだ。


ラベル:宅配 通販
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2017年09月30日

八重瀬町龕甲祭

12年ぶり八重瀬町龕甲祭
12年ぶり盛大に 八重瀬町当銘・小城で龕甲祭

龕甲祭2.jpg 龕甲祭1.jpg

 写真は2点とも 東風平の龕祭り(週刊上原直彦より)

 八重瀬町当銘と小城に1833年から伝わる当銘と小城共有の葬具(葬式を行うのに用いる道具)「龕(がん)」を供養する「龕甲(がんごう)祭」が、29日午後、町小城の龕屋前で12年ぶりに行われた。

 「龕」は、遺体の入ったひつぎを載せて墓まで運んだ屋根のついた輿(こし)のこと。当銘・小城の龕は県指定有形民俗文化財になっている。

 住民らは午前8時15分ごろに龕屋から「龕」を出し、拭き掃除を行った後に龕屋に戻した。

 29日はドラや太鼓が鳴り響く中、両集落の住民らが旗頭や棒術を競い、迫力ある演舞を披露した。夜はそれぞれの集落で豊年祭が行われ、琉舞や組踊、喜劇などが披露される。

 「龕甲祭」は1833年から旧暦8月10日に死者供養の年忌と同様に行われている年忌祭。今年は6回目の二十五年忌で、次回は8年後の三十三年忌になる。
(9/29 琉球新報)





【酔駄言】☀/☀☀☀ 27/31℃:82/48%:0mm:50mh:PM60分/時x6時間の快晴

 早9月長月尽、沖縄ではまだまだ真夏日の残暑で「長月」とは夏が長いということだろうか。明日からは10月神無月で鉋(カンナ)を削るように日に日に秋が訪れる? 沖縄はヤマトゥと比べて季節が1ヶ月ほど早く/遅いので、季節感がズレてまだ旧暦の8月真っ盛り。

 それでも先週あたりの秋雨前線が去ったあとは、湿気が充満したムシ暑い太平洋高気圧でなく、大陸の乾いた高気圧が張り出してきて、今日はなんと日中に湿度が50%を切った。それでもエアコンを切れないのは窓を開けると、とくに夜間〜夜明けまでは熱気が室内に流れ込からだ。


ラベル:龕甲祭 八重瀬町
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2017年09月29日

多良間村の八月踊り

多良間村の八月踊り

映像はRBCテレビニュース

 多良間村の伝統行事 「八月踊り」 2日目の28日、 ピトゥマタ御願所で字塩川の 「正日」 が行われた。 住民たちが稽古を重ねてきた長寿の大主やヨーンシー、 組踊り 「忠臣公之組」 など字塩川の演目を披露。 訪れた大勢の観衆が島で脈々と受け継がれてきた芸能を楽しんだ。 きょう最終日の 「ワカレ」 は仲筋、 塩川の両字でそれぞれの演目が行われる。

 午前10時から三線やホラ貝、 太鼓が鳴り響く中、 獅子舞によって幕開け。 荒々しい舞いで会場の厄を払った。 出演者全員が顔を見せる総引きに続き、 106歳の白髪の老人が孫を連れて舞台を練り歩いて健康を報告。 ユイツキでは民謡 「多良間世」 に合わせて女性たちが柄杓や角盃、 ざる、 杵などの道具を手に穀物の収穫から酒造りまでを表現した。ヨーンシーでは木こりに扮した男性たちが互いに汚れた顔を見合って大笑いする踊りに会場も一緒に笑っていた。

 里帰りして 「八月踊り」 を楽しんだ名古屋在住の草野喜代子さん (67) は 「以前は看護師をしていたのでなかなか帰れず20年以上見てなかった。 3年前に見てとても感動した。 子どもの頃とは見方が違ってくる。 色々なところが魅力的ですごく感動する。 できるだけこの時期は帰りたい」 と話していた。

 塩川字会の福嶺常夫会長は 「八月踊り」 の歴史を紹介し 「多良間村の貴重な宝物で祖先から譲り受けた重要な遺産。 我々の心の故郷であり 『之楽歓』 の通り多くの人に歓び楽しんでもらう行事。 この伝統文化をいつまでも継承していく責任がある」 とあいさつ。

 昨年から村役場観光振興課で地域おこし協力隊として勤務する友野貴子さん (44) はユイツキで初めて踊りに参加。 「多良間へ来てやがて1年になるが、 出演させてもらい本当に島の仲間になれた感じがする。 とてもありがたい」 と感謝。 「村民による村民のための素晴らしい祭り。 多くの人に見てもらいたい。 島を出た若者もこの祭りを誇りにしていると思う」 と話した。
(9/29 宮古新報)

         ◆多良間の八月踊り写真特集

         【多良間村公式サイト】
          ◆八月踊りの概要
           ◆八月踊りのおこり





【酔駄言】☀/☁ 26/31℃:75/69%:0mm:25mh:あと2℃ばかし下がると秋めいてくるが

 多良間村の八月踊りは島民総出のお祭りだ。村全体で千人ちょっとで2つの集落は各5〜600人。乳幼児と超高齢者に観光業者を除いた、島民のほとんどすべてが祭りの当事者だろう。多良間だけでなく離島や本土でもヤンバルの小集落でも同じような事情だろう。

 先ごろ行われた波照間島では観光客も制限された。数軒しかない宿泊設備が満員の場合はキャンプ/野宿が禁止で、親戚/知人宅をあわせても100人ほどしか泊まれなかった? さらには祭事そのものが村落外「秘」の秘祭もあり、写真/映像撮影も禁止という例もあるようだ。


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2017年09月28日

辺野古トーカチ祝い

辺野古トーカチ祝い
シュワブゲート前 島袋文子さんトーカチ祝い

トーカチ.jpg

 キャンプ・シュワブのゲート前では、辺野古の反対運動で知られる「辺野古のおばあ」こと、島袋文子さんのトーカチを祝う集会が開かれました。沖縄戦の体験からアメリカ軍基地に反対し、座り込みを続ける文子さん。88歳を迎えても衰えない基地撤去への思いを語りました。「基地がなくなるまで頑張ろうと思っていますので、どうぞどうぞよろしくお願いします。」

 集会には、歌手の古謝美佐子さんも駆けつけ、歌と三線で盛り上げていました。
(9/27 QABテレビニュース)


 トーカチは旧暦8月8日に行われる八十八歳(米寿)のお祝い。タライや平らのカゴにお米を盛りトーカチを飾り立て盛大にお祝いする。祝いに来てくれたお客様に1本づつトーカチを配っていた事からに由来する。トーカチとは米の升を切る斗掻(とかき)の意味で、17世紀ごろ薩摩から伝わったものらしい。(沖縄大百科)





【酔駄言】☁/☀ 28/31℃:86/66%:0mm:30mh:朝のうちドンヨリ湿気、午後からの晴れもベランダの干し物、わずか5〜10分でも紫外線直撃でキツかった

 昨日は旧暦の8月8日で「トーカチ」、明日は「カシチー」の八月強飯と薬局のカレンダー。どちらも初耳でググって沖縄の風習を知った。トーカチはヤマトでいう米寿で親族にはいなかったなぁ。かってはそれほどの長寿だったが、今ではガジマヤー(98才)はおろか100才以上も当たり前。

 われもあやかりたしとは思えども親兄弟も80才が峠だったし、せめて健康を維持して東京オリンピックを時差なしで自宅テレビ桟敷で視たいもんだが・・・ 


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2017年09月27日

王家シーミー復活へ

王家シーミー復活へ
琉球王家のシーミー 来年復活へ
世界遺産「玉陵」で古文書参考に



 尚家第23代当主の尚衞(まもる)さん(67)が、来年4月に首里金城町にある世界遺産で、第二尚氏王統の陵墓「玉陵(たまうどぅん)」で本家によるシーミーを計画している。

 古文書などを参考に、できる限り琉球王朝時代と同じ形式で再現し、再来年以降も継続したい考え。26日、玉陵を所有管理する那覇市の城間幹子市長を訪ね、玉陵の使用許可などの協力を求めた。

 一般的なシーミーでは一族が墓前で供え物を分け合って楽しむ。衞さんは「長い間、尚本家として玉陵でのシーミーをしてこなかった。県民の尚家への思いに応えて実施し、継続していきたい」と語った。

 玉陵は第二尚氏の第3代国王・尚真が亡き父王・尚円のために造り、第二尚氏王統の陵墓となった。1992年に衞さんの父で故裕氏が那覇市に寄贈。2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。

 玉陵でのシーミーは衞さんの両親が、かつて内々で実施しており、約45年前には衞さんも参加したという。来年のシーミーでは古文書に沿い、餅やサトウキビ、豚の頭、アヒル、ニワトリなどを供え、器なども沖縄美ら島財団から当時の道具のレプリカを借りる計画。分家や首里地域の自治会からも協力を得て開催する考え。
(9/27 沖縄タイムス)


尚家系図.jpg
まな兵衛作図)





【酔駄言】☀ 28/32℃:86/68%:0mm:40mh:今日も真夏日/熱帯夜、まだまだエアコン頼り

 沖縄の門中/家系/家族などで最も重視される祭祀は、シーミー(清明祭)らしく王家/王族/士族/旧家などで、一族を挙げて墓前に詣り先祖を敬い、供えた馳走を墓前で全員が頂く習わしだそうだ。それ故に玉陵を筆頭に亀甲墓や屋形墓などの前庭が広く作られているそうだ。

 第二尚氏の公式の御陵は首里城の西に隣接する玉陵で、第3代の真王が建立したとされ葬られる王族も決められたという。先の沖縄戦では木造の首里城は消失したが、玉陵は石造であったがため消失を免れた。世界遺産に指定されるまでは尚家では密やかにシーミーを実施いていたようだ。

 世界遺産に指定され国が管理するようになって、いかに元王家といえど私祭祀は許されず公なシーミーは途絶えていたらしい。しかし来年から復活させるに当たって、国/県との調整の上実現しそうだという。それにしても維持管理に入場料を徴収する場所故に、公開のシーミーとなるのだろうか?


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2017年09月26日

しまくとぅば島野菜

しまくとぅば島野菜
愛着映す呼び名 同名でも地域で特徴

島野菜.jpg  昔から栽培されてきた島野菜約130品目が、糸満市の県農業研究センターで栽培されている。

 「トウフマミ(大豆)」でも、油の量によって多ければ「タカアンダ」、低ければ「ヒクアンダ」。農家による名付けは愛着や生活を映す。

 元同センター研究員で、現在中城村役場営農指導員の高江洲賢文さんは、農家や離島のアタイ(屋敷の畑)から譲り受けた野菜を大切に世話する。「流通には乗らない野菜。農家が愛着をもってきた野菜を大切にしたい」と話す。

 高江洲さんは「トウフマミにも種類がある。『オービーグー』は種を分け、島豆腐の同好会、豊見城市の農家が栽培する。紫系統の『コハマクロ』、背丈が低い『ナチベー』は、わずかに残る物を栽培して増やした」という。

 島野菜を集めるのは遺伝資源を守るためだ。「在来種は味や香りが良く、台風にも強いなど特徴がある。しかし、レタスなど食べやすい物が入ると、昔の物が消えていく」

 前任者の時代、約20年前から八重山の在来種を集め始め、センターで栽培し、事業化につなげた。現在は島野菜の品種系統特性調査で、機能性を調べる。

 農業普及員の情報を頼りに、離島を訪ね、古い家屋のアタイから分けてもらうなどして集めた130品目。だが、まだゴールではない。「集めることでさらに種類が多くなる。『モーウイ』は赤が知られるが、『シマウイ』、『クロゲー』と呼ばれるものが座間味にあった。『シロウイ』は中城村にあった」

 名前は同じでも地域による特徴の違いも分かった。「ウンチェー(エンサイ)」は久米島は赤い茎、一方、金武や本部では広い丸い葉が特徴という。「本部では赤いものを『赤ウンチェー』と言って、サラダの色づけに使っていた」

 島野菜独特の生活文化も浮き彫りに。「西表のタームジ(田芋の茎)はあくがなく切ってそのまま食べられる。農家は家に一つは植えている」「宮古では嫁入りの時に、カボチャの苗を持たせる。だから、親族ごとに系統が分かれる。家系が継ぐ作物である」などなど。

 ほそぼそと育てられる島野菜は、大きな流通に乗らない。それでも農家が育てるのは「地元野菜を大事にしようという愛着で作り続けている」。その魅力を伝えようと取り組む。

 中城村で「シロウイ」を育てる儀間栄昇さん。「漬物やあえ物にしてもおいしい。成長も早く、実もたくさんなる」。近所の農家や友人に苗を分けてきた。

 父親の樽永さんも芋などの新種作りに打ち込んだ。「交配し、新しい物を植えたら、サングヮー(魔よけ)を目印に、取るなよーと言われた」と懐かしむ。「父親は、種は誰にでもあげることが大事と言っていた。そうすれば災害とかがあった時も種は残っている」。共助が自らも助けるという知恵を今も大切にする。
(9/24 沖縄タイムス)





【酔駄言】☀☀ 28/32℃:88/62%:0mm:55mh:ほゞ快晴、高温注意報、紫外線/熱中症厳重注意。今朝の道東は2℃台だったそうで、昨夜は暖房なしでは寝られなかっただろう

 島野菜のウチナーグチはなかなか覚えられない。一昨日の敬老会で出た折り詰めには島野菜が満載で、ほとんど手を付けられなかったなぁ。一箸つまんでみたが素材の旨味は感じられず、調味下地の味だけでちっとも美味しいとは思えない。

 結局はエビフライと卵焼き一切れで缶ビールを呑んだ。糸満の天ぷらやかまぼこも食欲をそそらない。関西人にとっては沖縄料理は苦手で、どれもこれも一口味わった後はノーサンキュー。まぁ極端な食わず嫌いではあるが関西では困ったことはないなぁ・・・


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2017年09月25日

壺屋町民会敬老会

第53回壺屋町民会敬老会
敬老会1.jpg  毎年恒例の壺屋(1丁目)敬老会が、今年も町民会の主催で開催された。

 町民会は戦後の那覇住民の帰還地第1期として、終戦の年の11月に陶工100余人が帰還を許され、収容所に残る被災県民のために食器を作りはじめた。

 続く第2期以降の那覇市民の無差別の流入で、壺屋は戦後の那覇復興の地となったが、旧陶器集落の財産と環境を守るため町民会が発足した。地区には壺屋焼300余年にわたる陶器関連の共用施設が遺されている。

 東西2ヶ所の登り窯であるアガリヌカマ(東窯:上焼窯)と、フェーヌカマ(南窯:荒焼窯)、そして村の拝所であるビンジュル御嶽とニシヌメー(北宮)などである。町民会館はビンジュル御嶽の境内に建てられた。

敬老会2.jpg
祝い事はかぎやで風ではじまる

敬老会3.jpg
琉球色豊かな演目で会場が盛り上がる




【酔駄言】☀/☁ 28/31℃:82/67%:0mm:30mh:まだ平年より2〜3℃高く10月上旬までエアコン

 昨夜の敬老会では数カ月ぶりに会う役員さんらから、いちいち体調を尋ねられた。隣席の湧田窯主さんは1才上の喜寿で痩せているが元気そう、あんた病み上がりから半年というのに痩せすぎという。おたがいお尻の肉が落ちてきて座の薄い会議椅子では、長く座っているとお尻が痛いなぁ、と・・・

 向かえの仁王窯池野窯主は反対にますますでっぷり、尻が痛いって? 信じられない様子。確かに当代の窯元の大半は痩せていて、ロクロ作業が苦痛になってきていて後継者に引き継ぎ中。戦後に壺屋に復帰した先代から当代も引退前後で、これからは壺屋3代目が主役を担って行く時代になってきた。


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2017年09月24日

急患空輸9000回

急患空輸9000回
離島の「命」をつなぐ 陸自第15ヘリコプター隊

離島急患搬送1.jpg  (陸自第15ヘリコプター隊は)昨年10月4日、離島から急患を搬送する緊急患者空輸(急患空輸)9000回を達成した。

 沖縄県知事からの要請で容体が芳しくない新生児を宮古島(宮古島市)から本島の那覇市に運び、尊い命をつないだ
 (同隊は)沖縄の本土復帰に伴い昭和47年11月、那覇駐屯地に配備された。前身の第101飛行隊が翌12月に粟国島(あぐにじま=粟国村)から初の急患空輸を行って以来、約45年もの間、同県全域と鹿児島県奄美大島以南を24時間体制でカバー。

 (昨年)8月末現在で、急患空輸9161回、空輸人員9514人を数え、両県民に安心、安全を提供し続けてきた。
離島急患搬送2.jpg

 本来の任務は島嶼防衛の最前線に立つ陸自第15旅団隷下部隊の航空輸送や戦闘支援。しかし、県や民間の救急ヘリでは航続距離が届かなかったり、夜間飛行運用が不十分だったりする場合は荒天を顧みず出動する。

 危険度は高く、過去に7人が殉職、添乗の医師1人が死亡した。悲劇を風化させまいと施設内に置かれた「安全啓発室」には事故機体の残骸や捜索写真、当時の新聞記事などが並ぶ。総勢約200人の隊員は同室で「安全」と「鍛錬」を誓い、9000回超の任務遂行につなげてきた。

 「引き続き国民のために安全飛行に努め、任務に邁進していきたい」と隊長の古賀幹徳(もとのり)1等陸佐(49)。急患空輸後、元気になった人から感謝の手紙が届くことも多いといい、ある隊員は「大きな活力になるとともに責務の大きさを感じる」と表情を引き締めた。
(9/20 産経新聞)

沖縄の離島の命は自衛隊が支えている


平成29年1月:14回、2月:9回、3月:10回、これは沖縄県知事より、自衛隊へ航空急患輸送の要請が出された回数。平成28年度の1年間では155回の急患輸送要請が自衛隊に出されており、2日に1回に近いペース

 沖縄陸自ヘリコプター隊は、CH-47J/JA、UH-60JA、LR-2を運用する飛行隊で、本来の任務は他の陸自飛行隊と同様、旅団の航空輸送を担うことですが、この部隊は最も国民の命を救っている部隊の1つでもあるのです。

 沖縄県にはEC135ドクターヘリコプターが配備されており、自衛隊に頼らない航空救急も行っていますが、このサイズの機体で運用出来る行動半径は精々100km前後。那覇を中心として100kmで、ちょうど沖縄本島をカバーすることは出来ますが、問題は離島です。

 本島〜宮古島まで約300km、石垣島では420kmの距離があり、これを往復運用しようと思うと、対応出来るヘリコプターは航続距離1000km近くを要求されます。 日本にあるヘリコプターで、この長距離フライトに対応可能なのはCH-47:チヌークかブラックホークくらいしか無く、必然的にそれらの機体を常時運用可能な自衛隊が、その任務を任されることになります。

 常に要請に備えて、厳しい環境下でも駆けつけるのは、簡単なことではありません。特にヘリコプターの場合は有視界飛行になるので、視界の悪い環境やナイトフライトは「障害物を隊員総出で窓に張り付いて探す」なんて話もあるくらいです。

(電線1本・樹木1本でもメインブレードに接触すればヘリには致命傷です)危険な任務故に、過去には固定翼機1機、回転翼機1機が急患輸送任務で墜落、隊員7名殉職、同乗の医師1名死亡という悲劇も起きています。まさに命懸けで急患輸送任務に望んでいるのです。
(5/10 HARUKAZEブログより抜粋)


離島急患搬送4.jpg




【酔駄言】☀ 27/32℃:89/72%:0mm:45mh:穏やかな日曜日、夕方から敬老会

 朝ごはんだけミニテーブルをベランダ窓に向けて食べている。南の空の青空と雲の動きを観察しながら、美味しいご飯をいただけるうれしさは例えようがない。天候に加えて動植物の動きが見られれば、彼我ともに活きているなぁと感じる。

 動植物の動きの第一は他家の植木が風にそよぐ様、雲の動きと合わせて風向きと強さを感じ取る。そして鳥たちが植栽に寄ってくればなおうれしい。さらに人々の朝の行動が見られれば、今日も一日の生活がはじまったなぁと感慨する。みなさんおはようございます・・・

 週に1〜2度は南の空をヘリコプターが横切る。自衛隊の2ロータ機で方向から那覇空港から、多分、糸満/南城の駐屯所へ向かっているのだろう。軍民共用の那覇空港にはCH-47:チヌークが2機配属されている。朝食時に見えるのは空自のチヌークで、陸自のは本文に書いた急患搬送の機体だ。


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2017年09月23日

安室奈美恵のこと

改めて安室奈美恵をググった
ググって知った安室のすべて

安室奈美恵.jpg  先日「安室奈美恵が引退」の号外を載っけたが、その日の酔駄言で−−ハイティーンで沖縄から上京し成功した歌手、沖縄色の希薄なニューロック歌手? で大多数の年配県民には馴染みの薄い存在だったと思う−−と書いた。

 昨日、読者から「安室さんは首里出身で旧三越のアクターズスクールに歩いて通い、後にアクターズスクールが豊見城に移転した際に裕福じゃなくバスで通えないため辞めると先生に伝えた所、月謝を払わなくても良いから通いなさいと言うほど際立っていたっていう有名な話しがありますね。沖縄の貧困から身一つで成り上がり、うちなーの誇りではないでしょうか。」とコメントをいただいた。

 そこで名前しか知らなかった「安室奈美恵」をはじめてググってみた

 ウィキペディアには「沖縄県那覇市首里に3人兄妹の末っ子として生まれる。小学5年生の時、友達の付き添いで沖縄アクターズスクールへ見学に訪れた際、同校のマキノ正幸校長にスカウトされる。家庭の事情から月謝が払えないとの理由で一度は入校を断念するものの、校長に見込まれて異例の特待生として入校する。小学生時代は片道約1時間半の距離を徒歩で週3日通う生活を送っていた。入校時は人見知りが激しく引っ込み思案であったが、ほどなくして琉球放送のローカル番組『HOTNIGHT おきなわ愛ランド』で行われたカラオケ大会に出場し、見事優勝したことで周囲を驚かせた。当初は女優志望で芝居の稽古などもしていたが、スクール内で観たジャネット・ジャクソンの楽曲「Rhythm Nation」のミュージック・ビデオに衝撃を受けて以来、歌とダンスに没頭する」とある。

 さらに過去には不幸な事件もあったようで、グーグルでは山ほどヒットした。そうか、そんな人だったのか、そんな出来事があったのか・・・





【酔駄言】☀|☁ 26/32℃:90/72%:0mm:30mh:昼過ぎに真っ黒な雲、近くでカタブイ通り雨

 アムラーの全盛期にはコチトラはジャズとモーツアルトで、アムロって京都のオムロ(御室)かいな? ジャズのバリエーションでブルーズやR&Bには関心があったが、エルビスの出現によりロックから遠ざかった。それ以来のニューロックやビートルズとは無縁の音楽ライフ。

 市の吹奏楽団でのクラシック・ポピュラーから、グレン・ミラー・スタイルのアマバンドと並行し、趣味ではモーツアルトのコンテンツ制作に没頭し、和洋ポップスとは意識的に距離を置いていた。エレキ楽器はジャズ・ギターの4ビートだけで充分で、アムロは知らなかったなぁ・・・


ラベル:安室奈美恵
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2017年09月22日

出生率43年連続1

出生率43年連続1位
自然増減率は復帰後最低

出生率.jpg
(全国値 jiji.com)
 沖縄県保健医療部は21日、2016年の県人口動態統計(確定数)を発表した。

同年の出生数は1万6617人で、人口千人当たりの出生率は11・6となり、全国平均よりも3・8ポイント高く、43年連続で全国1位となった。

 一方、死亡数も増加し、出生数から死亡数を差し引いた自然増加数は4911人で前年よりも704人減少した。

 千人当たりの自然増減率も全国の都道府県で唯一プラスの値となる3・4だったが、1972年の日本復帰後では最も低い値となった。

 発表によると、16年の出生数は前年比で324人減、出生率は0・3ポイント減少した。

 1日の平均出生数は45・5人で、31分38秒に1人が生まれた。

 女性1人が生涯に生む子どもの推定人数を示す合計特殊出生率は前年比0・01ポイント減の1・95(全国1・44)で、32年連続で1位だった。

 死亡数は前年比382人増の1万1706人、人口千人当たりの死亡率は0・2ポイント増の8・2となった。1日平均の死亡数は32・1人で、44分54秒に1人が死亡した。死亡率は全国と比べると2・3ポイント低く、15年連続で全国で最も低かった。

 死因別では悪性新生物(がん)の3074人が最も多く、心疾患1670人、脳血管疾患932人と続いた。死産となった数は434胎で前年よりも11胎増加。人口千人当たりの死産率は25・5で前年よりも1・1ポイント増加し、全国比でも4・5ポイント高かった。
(9/22 琉球新報)





【酔駄言】☀|☁ 28/32℃:89/73%:0mm:25mh:熱中症予防にエアコンはまだまだ・・・

 出生数:46人/日 - 死亡数:32人/日 = 14人/日の自然増加数で、年間で約5千人強も増えたがそれでも約700人も減っている。出生率の高い沖縄といえど自然増は減少傾向で、近い将来にはマイナスになるといわれている。生殖環境を維持/向上させようにも所得が上がらないとなぁ・・・


ラベル:出生率
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2017年09月21日

安室奈美恵引退号外

引退号外.jpg




【酔駄言】☀ 26/32℃:92/65%:0mm:45mh:台風かすめ来の低温で体調不良が続いている

 昨夜のニュース字幕で安室奈美恵の引退を知ったが、名前は知っていたがどんな歌を歌っているかは知らなかった。今朝、ルーチンワークで琉球新報(ネット版)を見たら『電子号外』。念のために沖縄タイムスを見ると号外はなく小さな一面イメージに、トップでなく掲載されていた。

 沖縄の左より県民紙2紙でもエンタメ系の扱いには差があるようだ。ハイティーンで沖縄から上京し成功した歌手、沖縄色の希薄なニューロック歌手? で大多数の年配県民には馴染みの薄い存在だったと思う。おなじ歌手でも夏川りみのほうが沖縄っぽい色彩が濃く親しみを感じるが・・・


ラベル:安室奈美恵 号外
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2017年09月20日

東京より高い那覇の食料

東京より高い那覇の食料
食料物価指数 全国県庁所在地で1位
賃金安い沖縄でなぜ?



  ◆那覇市の食料物価指数は東京23区より高く全国の県庁所在地で1位
  ◆特に生鮮野菜は高く、夏場は県外産頼みで輸送コストがかさむため
  ◆一方で賃金は全国最低とギャップが大きく低所得者層の生活を圧迫

物価指数.jpg

 那覇市の2015年の食料の消費者物価地域差指数・都市別指数が、都道府県庁所在市で初めて1位になったことが11日分かった。全国平均を100としたときの指数は103・9で、東京都区部より高かった。

 ■輸送コストかさみ

 特に生鮮野菜の指数が高く、沖縄県統計課は要因を「県内では夏場、特に葉野菜の収穫量が少なくなり、県外産に頼らざるをえず、輸送コストがかさみ価格が高くなることや、観光客増加で消費量が多くなる影響もあるのではないか」とみている。

 地域差指数は、地域間の物価水準の違いをみることを目的に2000年から総務省が集計。那覇市の後に金沢市、東京都区部、松江市と続く。那覇市の食料の消費者物価指数は全国平均を上回る水準で推移し増加傾向。14年103・4、13年104・8でともに3位だった。

 ■給与は全国の8割

 一方、県内事業所の平均給与は全国の8割の水準で、全国一最低賃金額が低く、最も高い東京都との差が拡大している。県内で物価と賃金が乖離(かいり)し、労働者の生活を圧迫している可能性がある。

 貧困や労働問題に詳しい県就職・生活支援パーソナルサポートセンターの濱里正史さんは「物価と賃金のギャップが開き、特に低所得者層が暮らしにくくなっている。復帰後、本土との格差が拡大している可能性があり、実態調査の上で、県は是正に取り組むべきだ」と指摘した。
(9/20 気縄タイムス)





【酔駄言】☀/☁/☂☂(/☁) 25/32/28℃:83/64/89%:32mm:20mh:昼前から強い雨が2度降り

 雨が止んだ隙間にきたCOOPさん、お昼の雨は車で弁当だったので濡れずに済んだというが、夕方の雨にはズブ濡れになっただろうなぁ・・・ 彼の配達商品のうちヤマト本土産商品が台風の影響で入荷せず、今週末に再配達という。そうなんだ、わが家も台風の影響を被ったということだ。


posted by まな兵衛 at 11:09| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

台風過ぎ 離島に食料

台風過ぎ、離島に食料品
離島に食料品届く 久米島では7日ぶり


 台風18号の強風による高波で、沖縄本島と結ぶ定期船が欠航した周辺離島に18日、船が入港した。久米島町では7日ぶり。久米商船によると6日連続欠航は過去最長といい、島では不足した卵や牛乳、パン、野菜などを買い求める人が商店に駆け付けた。牛乳購入で3時間待ったお年寄りもいた。

 久米商船はこの日、臨時便も運航。午前便は野菜や牛乳、冷凍食品などを中心に、午後の臨時便は缶詰や即席麺のほか、島で盛んな養殖エビの餌や牛の飼料などを運んだ。

 同町謝名堂のAコープ久米島店には午後3時までに肉類や牛乳、野菜、納豆などが店頭に並び、町民らが次々と買い求めた。町比屋定の照喜名亀寿さん(90)は「妻も牛乳が大好き。5本も買えてうれしい」と喜んだ。東俊一郎店長は「生鮮品を提供できて良かった」と安心した様子だった。

 粟国、座間味、渡嘉敷3村と那覇を結ぶ定期船も13〜17日欠航し、6日ぶりの入港。座間味村の「レストランまるみ屋」では欠航の間、メニューの具材を変更して対応。欠航で島から出られなくなった学生客約30人の宿泊先から、食事の提供もお願いされたという。

 また、南北大東島と那覇を結ぶ大東海運は、12日出航予定だった定期船を2度延期した。波の状況を見て19日朝、出航するか判断する。
(9/19 沖縄タイムス)


離島マップ.jpg





【酔駄言】☀☀ 23/30℃:81/60%:0mm:50mh:8uv:昨夜エアコン消して寝たが深夜にオン

 台風18号は九州/四国/本州(兵庫-日本海)/北海道と、本州の全島を縦断したのは史上初めてとのこと。通常ならこれだけ陸地を通過するうちに勢力が衰えて熱低になり、北海道に台風のまま再上陸するのはまれとのこと。能登半島から日本海を北上中に勢力を維持したらしい。


posted by まな兵衛 at 10:33| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

那覇市で初?カジマヤー

那覇市で初?カジマヤー
総出で祝カジマヤー 那覇市若狭 初のパレード

若狭カジマヤー.jpg

 おばあが通れば地域が笑顔に−。那覇市の若狭地区で17日、カジマヤー祝いのパレードが初めて行われ、数え97歳になる女性4人が参加した。沿道は風車とカメラを持った人で埋まり、大先輩を温かく見守った。

 カジマヤーのパレードは「沖縄の文化である、お年寄りを大切にする気持ちを若い人に伝えたい」と若狭1丁目自治会が企画。金城トミさん(96)、古波蔵豊子さん(96)、福地千代さん(95)、与座安子さん(95)が赤い華やかな衣装に身を包み、オープンカーに乗り込んだ。旗頭や獅子舞を先頭に、波上宮を出発。沿道では「おめでとう」の声と指笛が飛び、風車が回った。

 声援に投げキッスで応えた与座さんは「あやかってくれて感謝、感激」。金城さんと古波蔵さんも「ありがとう」と繰り返し、福地さんは「何とも言えずうれしい。とても幸せ」と笑顔で手を振っていた。
(9/18 琉球新報)





【酔駄言】☀☀ 25/29℃:73/56%:0mm:50mh:9uv:エアコンは惰性で点けている

 沖縄の100才以上の人口は1.3万人以上で、本土復帰以来の最高とのことでおめでたい限りだ。男女比では2対8で女性が圧倒的に多い。本文のカジマヤーは数え歳の98才が対象だが4人とも女性だった。カジマヤーは地方の行事で首里/那覇では行われなかったが、波の上宮地区の若狭ではじめて行われた由。


posted by まな兵衛 at 10:28| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

ネコ降りられニャい

ネコ降りられニャい
7メートルのアーケードから 消防が救出

ネコ救出.jpg  那覇市牧志の平和通りで15日、ネコが高さ約7メートルのアーケードの支柱に登り、降りられなくなった。那覇市消防局の隊員10人が2時間かけて救出。買い物客や観光客もアーケードを見上げ、にゃんとも言えない珍事件を見守った。

 平和通り商店街振興組合の矢野弘子専務理事が、通りの店から「ネコがアーケードに登っている」と連絡を受けて市環境衛生課に通報。市が現場を確認して消防に通報した。

 ネコは詰め掛けた人々を見下ろすと「降りられにゃい」とでも言いたげに口を開けて震えだした。警戒心が強く、逃げるネコと隊員の“説得”は約2時間に及んだ。

 最終的にネコの両側に隊員がはしごを伸ばして中央に追いやり、ネコを抱えこんだ。一件落着と思いきや、隊員の手から逃げて落下。落ちたネコを下にいた隊員がネットで受け止めると、周囲から拍手が上がった。

 近くの体験工房で働く南翔大さん(21)は「こんなことは初めてで驚いた。降りられてよかった」と話した。
(9/16 琉球新報)





【酔駄言】☁/☁/☀ 26/29℃:83/68%:0mm:15mh:9uv;今日は涼ししくエアコンをオフ

 台風は先島で長時間居座っていたが、急に進路を曲げ速度を上げて九州/四国へ。勢力は975hPaに衰えたが前線と相まって雨が強いようだ。各地で大きな被害が出ているようだが、急速に通りぬけ風より河川の増水がまだ続くそうで、被災地は後片付けが大変だろうなぁ・・・


ラベル:平和通り ネコ
posted by まな兵衛 at 11:04| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする