2018年01月18日

「桜前線」南下中!

「桜前線」絶賛 南下中!
本土との違いは気温にあり!?

桜前線.jpg
鮮やかなピンク色の花を咲かせるヒカンザクラ
(渡辺奈々撮影)=1月16日午後、本部町・八重岳

◆暖かさで北上する本土、寒さで南下する沖縄

 「八重岳のサクラ咲き始める 日本一早い桜まつり、1月20日から(1月17日配信)」というニュースが届いた。

 沖縄では今週末から2月中旬にかけて、県内各地で桜祭りが開催される。桜の季節到来だ!

 桜を楽しむその前に、昔から不思議に思っていた謎を解決したい。

 そう、「沖縄の桜前線は南下する」謎だ。沖縄気象台観測課の神谷吉隆さん(主任技術専門官)に教えてもらった。

◆桜の目覚めに必要なモノ!

 ―桜が咲くメカニズムを教えてください。

 神谷 サクラは夏に翌年の花のもとになる花芽(かが)を形成し、それ以上は成長せずに休眠したまま年を越します。休眠から覚めて成長を始める(休眠打破)には、低温にさらされる必要があります。その気温がソメイヨシノは5℃前後、ヒカンザクラだと10℃台、具体的に言えば15℃前後でしょか。

 眠りから目覚めた桜は気温の上昇に合わせて成長し、つぼみができて花を咲かせます。ソメイヨシノは休眠打破に5℃かかるため、沖縄では生育に向いていません。奄美大島も同じ理由で、ヒカンザクラがソメイヨシノの代替種目になっています。

 ―開花の条件には寒さが必要なんですね。沖縄で南下するのはどうしてですか?

 神谷 沖縄本島は南北に100キロ近くあります。寒波は高緯度から伝わるので、北部が南部よりも早く10℃台の気温に下がり、休眠打破を引き起こします。目覚めてしまえば、あとは成長するだけ。したがってサクラ前線は北部から南部へ南下します。

 一方、本土はほぼ全国的に冬の間に休眠打破に必要な気温まで下がります。冬に目覚めたソメイヨシノの花芽は、気温の上昇に合わせて開花していくので、桜前線は北上していきます。

 また、沖縄の桜前線は山地から平地へと降りてきます。標高が100メートル高くなるごとに、気温が0・6℃下がり、休眠打破が促されるためです。これも本土とは逆の現象ですね。

 ―北部と南部の気温差はどれくらいですか。

 神谷 桜前線の南下では、気温差そのものはそれほど影響しません。冷え込む時期の違いですね。そして休眠から目覚めたヒカンザクラは、ソメイヨシノほど気温に敏感ではありません。沖縄の平均的な気温で順調に成長します。

◆桜は春の花なのか…?

 ―桜が咲くと季節は春でしょうか。

 神谷 う〜ん。春。春ですか。気温の上昇に合わせて開花・満開になる本土では、まさに春を告げる花と言えますしかし沖縄はどうでしょうか。沖縄の冬は「断続的」に冷え込むのが特徴です。寒い、暖かい、寒い…を繰り返します。そして、桜の開花後に最も寒い時期(1月下旬から2月上旬)を迎えるので、春を告げる花とは言いがたいですね。

 ―北部の桜が先に咲くのに、南部・那覇市の開花がニュースになるのは?

 神谷 気象台は標本木(観測用の特定の樹木)の状況で開花や満開日を観測していますが、標本木は気象台から5キロメートル以内と決まっています。沖縄気象台の標本木は、末吉公園(那覇市)にあります。末吉公園で開花を確認するより先に、名護市や本部町では咲いています。北部と南部では満開にもタイムラグがあるので、沖縄では2回、花見を楽しめますね。

 ―ことしはいつ頃が満開でしょうか。

 神谷 実は気象台は、開花と満開日の予想はもうしていません。標本木を観測して、5〜6輪咲いた状態を開花日、全体の80%以上が咲いた状態を満開日としています。平年(那覇)では開花は1月18日、満開は2月4日です。ことしの開花は10日と早く、満開も早いかと言えば難しい。開花後に一番寒い時期が来るので成長が読みづらく、標本木に通い詰めです(苦笑)

◆沖縄県内の主な桜祭り

・「第40回もとぶ八重岳桜まつり」・・・何はなくとも、沖縄の桜祭りはここから! 
  【期間】1月20日(土)〜2月4日(日)【会場】本部町八重岳桜の森公園

・「第11回今帰仁グスク桜まつり」・・・夜桜と今帰仁城跡のライトアップで幻想的に。
  【期間】1月27日(土)〜2月12日(月)【会場】今帰仁城跡

・「第56回名護さくら祭り」・・・オリオンビールと楽しみたい桜祭りです。
  期間】1月27日(土)・28日(日)【会場】名護中央公園

・「第12回やえせ桜まつり」・・・当日以外も2月12日までライトアップしています。
  【期間】2月4日(日)【会場】八重瀬公園

・「なはさくらまつり」・・・桜祭りのトリ的存在。平地なので、花見がしやすいかも。
  【期間】2月21日(水)〜2月25日(日)【場所】与儀公園

(1/18 沖縄タイムス)







posted by まな兵衛 at 13:27| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

外連の島・沖縄(2)

外連の島・沖縄
基地と補助金のタブー
篠原 章 著(飛鳥新社)
外連の島.jpg
 海外で「日本政府の横暴を喧伝する翁長知事のパフォーマンス」を見て、私は『外連』という言葉を思い出しました。外連とはこの場合、「ごまかし・はったり・いかさま」というほどの意です。
 本書では翁長知事の「外連」ぶりを詳しく描いています。外連の目的はただ一つ「沖縄をもっと愛してくれ」だというのが私の判断です。そして、翁長知事にとって「愛情の深さ」は、端的に沖縄振興予算など補助金の多寡と増減で測られるものだと思います。

 「愛」と「金」を天秤にかけいると見れば、わかりにくかった翁長知事の言動も、きわめてわかりやすくなります。私たちが求められているのは「愛」ですが、「愛」のバロメーターは「補助金」なのです。
(本文より抜粋)

第1章 「外連(けれん)」の島・沖縄
    − 愛と憎しみの狂詩曲(ラプソディー)

    ヤマトは沖縄のために何をしてくれるのか?
    「沖縄の心」に政治が応えると、さらに優遇を要求される
    配慮は辺野古断念で示せ
    翁長知事の勝利、安倍政権も「特別扱い」

第2章 英雄か悪漢か
    − 翁長沖縄県知事の肖像

    政治家・翁長雄志研究
    既得権益の守護神としての政治手法
    左派票を得るための』パフォーマンス
    地元が求めた辺野古埋め立て


(つづく)





【酔駄言】☂ 19/22℃:22mm:わりとまとまった雨が降ったが気温は下がらず

 ボクは若いときから近現代の純文学や歴史小説をよく読んで、難しい言葉を覚えてきたし月刊誌の編集も経験した。だから滅多のことでは始めて出喰くわす言葉はなかった。しかし、最近になって安倍首相が使った「忖度」は未知の言葉で読みも意味も知らなかった。

 そして、「外連」も知らない言葉で『ゲレン』と読んだが、本が届いてはじめて『ケレン』と読むことを知った。「けれん(見)」という言葉は知っていたけど、『外連』と当てるとは知らなかった。「ゲレン」と読んでなにか良くないことを表現しているなぁと思っていたが・・・
posted by まな兵衛 at 12:55| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

外連の島・沖縄(1)

外連の島・沖縄
基地と補助金のタブー
篠原 章 著(飛鳥新社)
外連の島.jpg
―基地と補助金のタブー沖縄振興予算をがぶ飲みするのは誰か
 ベストセラー『沖縄の不都合な真実』に続く沖縄支配階層の研究・第二弾!

・基地反対を武器に振興予算延長

・結局、普天間基地存続に帰着する危険な構図

・本気で辺野古移設を止める気がない法廷戦術


 『補助金はいらん』と一言いえば、辺野古移設の問題は大きく動く可能性があります。補助金は事実上基地負担の代償ですから、沖縄県が補助金受け取りを拒否すれば政府も困ります
(本文より)

 ・基地負担の見返り=振興予算を認めた仲井眞前知事が、「沖縄の心を売った」と罵られた理由とは?

 ・「日本というくびきから外して」といいながら永田町と霞ヶ関に通いつめ、すでに第六次(2022年度以降の10年間、総額3兆円超の見込み)振興予算延長を獲得!

 ・沖縄支配階層の守護神がくりだす奸計と政略の、誰も指摘しない「不都合すぎる真実」を白日のもとにさらし、基地も補助金も減らす、真の自立の道を探る
(腹帯より)





【酔駄言】☀ 19/23℃:0mm:平年を3〜4℃も上廻りベランダ窓を全開

 野菜をほとんど食べないのいで野菜ジュースで補っている。色んなブランドを飲んだがデルモンテの食塩配合が、セロリの香りと程よい塩味で気に入っている。ところがスーパーでは食塩無添加しかなく、Amazonで12本/箱(@260/本)を買っている。ついでに本文の「外連の島」も買った。

 第2章まで読んだが著者の過去の著作や論評のお浚いで、既読/既知のことばかりで衝撃はなかった。既刊の「沖縄の不都合な真実」は3年前にブログに連載したが、国と県の政治論評は割愛し『不都合な数字』を中心に抜粋して書いた。今回も3年間の最新データを中心に取り上げたい。


posted by まな兵衛 at 12:53| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

首里城「3枚の平面図」

首里城「3枚の平面図」
(1)鎮台図 (a)概略図 (b)御庭形 (c)友寄絵 (2)横内図 (3)板谷図 (0)灰燼に
これら一連のコンテンツは2014/8にブログに掲載したものを加筆し、Webコンテンツにしたものです

 首里城御内原の一部が2014(H26)年1月に復元公開され訪れた。表と奥をつなぐ近習詰所と奥書院、そして王家の私的空間の黄金御殿と寄満だ。隣接する二階御殿はすでに復元されていたが、今回は見学の対象外であったのは残念であった。

 現在はすでに復元されている継世門に続く、美福門と世誇殿や女官詰所などを復元中で、近い将来に御内原全体が公開される。これらの復元の基礎資料となった3枚の建物配置図面がある。それぞれ数10年の時代差があり微妙に差異点がある。



 一番古いのは維新政府が琉球を併合し乗込んできた熊本鎮台軍の概略図。明治13年頃の図とされ未だ近代測量技術の基礎がなかった頃で正確ではないが、古絵図・古地図しかなかった首里城の、建物配置がはじめて描かれた図面だ。



 ついで明治18年〜大正2年まで県知事官房職を務めた横内扶が、在職中に執筆した1万7千余点もの膨大な資料に、首里城の極めて正確な建物配置図が含まれていた。この貴重な第一級の資料図面が首里城復元の基本として用いられた。


 そして、取り壊し目前を救った 鎌倉芳太郎のお陰で保存が認められ、昭和9年に文部省の坂谷技官が測量した図面がある。すでに首里城は沖縄神社として面影をとどめていないが…



【追駄言】
 横内図と坂谷図はネットから入手したので、当該の目的に添って一部に塗りつぶしがある。できればオリジナル(の画像)を手に入れたいと思う。3枚の配置図を比べると処々に差異点が見受けられ、その違いはなぜなのか興味津々である。

 首里城の遺構発掘調査は「横内図」を基本に行われている。表の御庭(ウナー)を取り囲む正殿や南殿・北電・奉神門など、横内図と遺構がほぼ一致し復元が終わって公開されている。完全復元は正殿だけで他は鉄筋コンクリの外観復元だ。

 したがって見学ルートの南殿・北殿は展示場と土産物売り場で、間取りは復元されていず往時の冊封使接待や、評定所がどんな間取りであったかは全く無視されている。テンペストの孫寧温の評定所は北殿のどのあたりで仕事をしていたのか?

 間取りの復元は正殿と表の書院・鎖之間、御内原の奥書院だけ(先に復元された二階御殿は未公開)で、王家の生活感がまるで伝わってこない。まぁ、表はともかく御内原は男子禁制で資料が残っていないらしい。しかし、世添殿・世誇殿・女官詰所は間取り図がネットで公開されている。

 そして、未婚王女が普段使っていた世誇殿の北に「湯屋」があった! 他の建物に風呂場とかトイレがあったのかなかったのか?  もし風呂場が湯屋だけだったら後之御庭の南の、黄金御殿に住んでいた国王家族や、夫人・妾は、グルリと渡り廊下を遠回りして湯屋に?




【酔駄言) 15/22℃:0mm:日照ほヾ60h/時で3月中下旬の温ったかさ

 今日のブログは2014/8に連載した首里城の復元に、基礎資料として参照された貴重な3枚の平面図を、HP用に加筆/更新した表紙部分だ。ブログは幅が660ピクセルまでしか扱えないが、HPなら画面横幅いっぱいの1000ピクセルが可能だが、レイアウトの再構築が面倒なのでブログの、660ピクセルのままとズボラした。


posted by まな兵衛 at 12:18| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

悲願の離島空路

悲願の離島空路
波照間空港滑走路の延長で第一航空以外の就航も

波照間空港.jpg  波照間空港の定期便再開を目指す竹富町は11日、同空港の滑走路延長を検討していることを明らかにした。

 現滑走路を最低1200bまで延ばすことで39人乗り機材の運航を可能とし、現在、石垣ー波照間間の就航めどが立っていない第一航空以外の就航も視野に入れたい考えだ。

 同空港の定期便をめぐっては、2007(平成19)年12月1日に、琉球エアーコミューター(RAC)の運航が休止。第一航空が15(同27)年12月に波照間路線の新規就航を決めていたが、同年8月の粟国空港での事故を受けて見通しが立たなくなっている。

 町は現在の滑走路800bから、1200b〜1500bへの延長を見積もりしており、RACが石垣ー与那国間で運用するプロペラ機(39人乗り)を例に、従来の9人乗りや第一航空の19人乗り機材以外の選択肢を増やす方向で協議している。

 第一航空は9日、今月15日から那覇ー粟国路線を再開すると発表した。同社はこれまで「同路線の再開後に波照間航路の認可が下りる見込み」と町に回答するも、昨年12月の県離島空路確保維持協では、粟国路線の18年度運航費補助が国と県、粟国村の三者間で合意にいたらないなど波照間路線の就航が不安視されていた。

 波照間空港は1976(昭和51)年5月に本格的な供用を開始。現在は緊急輸送などの離着陸が行われている。町は、第一航空が就航する2自治体との連携も図りたい考え。
(1/12 八重山毎日新聞)


離島空港1.jpg
(上下ともクリックで拡大)
離島空港2.jpg





【酔駄言】☀ 13.2/20℃:0mm:昼すぎに一時曇ったがおおむね晴れて気温も平年並みに

 元日からのヒマつぶし/ボケ防止で、去年に新規/延伸した海外の路面電車(Tram)の情報を路線地図に反映させた。昨年に新規に線路を開通した都市は11市で、既存の路線を延伸したのが25市もあったが、この数字は多いか少ないのか判断しかねる。日本はゼロだったことを思えば多いのだろうなぁ

 中でも眼を惹いたのは路面電車がなかったのなかった、デンマークのオーフスとルクセンブルグ公国に、新規のトラム(LRT)が開通したこと。戦後のモータリゼーションで廃止された路面電車だが、昨今は新設/延伸が相次いでいるのは道路の渋滞と環境の公害のせいだろう


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2018年01月13日

寒さのせいで失神

海岸に魚打ち上げ
寒さのせいで失神し魚が砂浜に打ち上げられた

魚失神1.jpg  強い寒気の影響により宮古島地方は11日、この冬一番の冷え込みとなった。気象台によると宮古空港で最低気温12・4度(午前7時6分) をはじめ平良で12・7度、下地島空港で12・9度、多良間空港で13・2度を観測。寒気のピークはきょう12日まで続くという。

 この寒さのせいか市内の海岸では砂浜に打ち上げられた魚などが目立った。あまりの冷え込みにより仮死状態か気絶しているとされ、遠浅の海岸でよく見られる。この日は魚だけでなくイカやウミヘビも打ち上げられていた。

 きょう12日の最低気温も12度を予想。日中も最高気温は14度までしか上がらないもよう。13日以降は徐々に気温が上がり、週明けには平年より高い日もあるという。また沖縄地方の1カ月予報によると、気温は「高い」確率が50%と予想されている。
(1/12 宮古新報)

魚失神2.jpg
NHK 読者投稿





【酔駄言】(☂/)☁/9.3/16℃:3mm:昼前から60分/時で窓越し温室は25℃。水温が低くて魚が失神するほどの寒さも今日までで、明日から平年の15/20℃を上回る三が日のような暖っかい1週間との予報。先だっての米欧の寒波ではフロリダでもワニが失神したとか?

 おとつい/きのうとブログのページビューが1885/1597、今日も19時現在で1000を超えていて気持ちが悪い。Google/Yahooなどの定期的なロボット検索のせいでもなさそうで、ページ別の閲覧数を見ると2014/8に連載した「首里城3枚の地図」シリーズへのアクセスが多かった。

 そこでシリーズの8本のブログを読み直したら面白かったので、この際にHPコンテンツにまとめることにして、きのうからヒマつぶしに取りかかリはじめた。ちょうど昨年の11月からGoogle/Picasaの画像リンク更新が終わったこともあり、次のテーマを探していたのでこれ幸いと・・・


posted by まな兵衛 at 11:56| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

セイロンベンケイ草

セイロンベンケイ草
釣り鐘状の花を咲かせ真っ赤に色づく

セイロンベンケイ.jpg  葉から芽を出すことで知られるセイロンベンケイ (ベンケイソウ科、 トウロウソウ=灯籠草とも) が釣り鐘状の花を咲かせ始めている。 色は赤や薄緑などあり、 これから2月下旬にかけて見ごろを迎える。

 セイロンベンケイは南アフリカ原産で、 熱帯地方に広く分布し、 国内では沖縄や小笠原諸島で帰化、 自生している。 多肉質の多年生草で、 茎は直立してその先に無数の花をつける。

 葉は楕円形、 卵型。 葉を土の上に置くほか、 水にひたすと芽を出すことから別名は 「ハカラメ」。 日当たりのよい場所を好む。 英名はグッドラック・リーフ (幸福の葉) という。

 宮古各地では畑のそば、 庭、 道端などで薄緑色の花をつけるセイロンベンケイが見られたが、 最近では鮮やかな赤い色が好まれるようになり、 プランターや道路沿いの植栽マスに植えられるようになった。
(1/10 14:49 宮古島日報)





【酔駄言】☁/☂ 14/9.7℃:2mm:午中の最高気温から夕方に10℃を切った!

 県内各地で「あられ」を確認 沖縄気象台は「観測していない」

 沖縄県内の各地で12日、あられとみられる氷の粒が降っているのが確認された。通常、あられは雲から降る直径5ミリ未満の氷の粒のことを言い、5ミリ以上になるとひょうという。沖縄気象台によると、那覇市、宜野湾市や南風原町から12日、「あられが降っている」という情報が寄せられたという。ただ、沖縄気象台としては、あられが降っているのを「観測していない」としている。

 12日の最低気温は国頭村奥で7・4度、南城市糸数で8・9度、那覇市で9・7度などを記録。12日は県内28カ所の観測地点のうち14カ所で今季最低気温を更新した。ツイッターなどのSNSでは、あられと見られる氷の粒が降っている様子を撮影した写真や動画が数多く発信された。中にはひょうと表現している発信情報もあった。

 ある動画では通行中の車のフロントガラスにあられと見られる氷の粒がぶつかり、ワイパーで集められている様子が映し出されていた。別の画像ではあられとみられる丸い氷の粒が複数道路に落ちているのが撮影された。

 宜野湾市伊佐で、あられとみられる氷の粒が降るのをビデオで撮影した琉球ゴールデンキングスの広報担当の宮城聖子さんは、「午後1時10分頃、ぱらぱらという音が鳴っていて、見たら氷がボンネットにはじかれていた」と話した。あられが降っていたのは5分程度とのことだったとし、「こんなに寒いなんて驚きだが、みんなで楽しんだ」と興奮した様子だった。

 沖縄県では2年前の2016年1月24日夜、沖縄気象台が名護市と久米島町で雪と雨が交じった状態の「みぞれ」が降るのを確認している。「みぞれ」は観測上、「雪」に分類される。沖縄でみぞれが観測されたのは1977年2月17日、久米島で確認されて以来で39年ぶり。沖縄本島で初観測だった。
(1/12 琉球新報)

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2018年01月11日

サクラ標本木開花宣言

サクラ標本木開花宣言
グッと冷え込み…沖縄でサクラ開花 平年より8日早く

開花宣言1.jpg
開花が観測されたヒカンザクラの標本木
 沖縄気象台は10日、那覇市でヒカンザクラの開花を観測したと発表した。同市首里末吉町の末吉公園内にある標本木で、5〜6輪の花が咲いていた。平年より8日、昨年より4日早い。

10日の那覇市の天気は曇り、最高気温は午後2時29分の15.2度、最低気温は午後6時の13.9度だった(午後7時時点)。

 気象台によると沖縄地方は向こう1週間、寒気や湿った空気の影響で曇りが多い天気となる。最高、最低気温は共に12日ごろまでは平年よりかなり低く、15日からは平年より高くなる。
(1/11 沖縄タイムス)

開花宣言.jpg





【酔駄言】☁ 12.6/14.9℃:0mm:雲の切れ目から時々陽射し

 そろそろ沖縄のサクラのシーズンが近づいてきた。本土の桜前線の嚆矢ではなくヒカンザクラで、華やかさは劣るが春告花には違いがない。那覇でも与儀公園で桜まつりがあるが本部町の群落が有名だ。吉野のように全山が桜色に染まるのに比べれば物足りないが。

 桜といえば悲しい思い出がある。それは平成14年の4月13日のことであった。家内が亡くなって自宅に戻ってきた時、庭の八重桜と咲き遅れの紅梅が並んで満開だったなぁ。まるで物言わず戻ってきた家内を「おかえり」と出迎えてくれたんだろうか・・・


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2018年01月10日

ピーチ常連 8日に1回

ピーチ常連 8日に1回
ピーチは、就航5年で沖縄関係路線乗客が330万人
最多利用者は単身赴任の週末帰省で230回(8日に1回)
リピーターは40〜60代で低価格が「空飛ぶ電車」感覚


ピーチ5周年.jpg  LCCのピーチ・アビエーションはこのほど、2012年の沖縄就航から5年間で同路線の利用回数が多かった乗客トップ5のデータをまとめた。ピーチの乗客は全国的に20〜30代が中心だが、リピート率が高かったのは40〜60代。最多は約230回で、およそ8日に1回搭乗した計算になった。単身赴任先から自宅へ週末ごとに帰るケースなど、低価格のサービスが観光以外の需要を掘り起こしていることが分かった。

 ピーチの沖縄関係路線の利用者は、初就航から現在までで累計330万人以上に上る。12年10月13日から17年12月21日までに繰り返し搭乗した乗客を調べると、最多は大阪に住む大学教員の56歳女性で約230回。沖縄に単身赴任していたため、週末にピーチで大阪へ帰ったという。低価格なだけでなく、制服のデザインや客室乗務員の髪色が自由な点が気に入っているという。

 2位は那覇―香港(運休中)を出張で約190回使ったという57歳男性。3〜5位はいずれも約160回で、子どもや孫の顔を見に那覇から大阪へ足を運ぶという60歳男性、単身赴任先の大阪と実家のある那覇を往復したという46歳男性、大阪に沖縄料理屋を出店した那覇市在住の64歳男性だった。

 全国の路線で12年3月〜17年2月のランキングを調べると、1位は約370回、2位は約360回、3位は約3400回、4位は約310回、5位は約290つ。「毎週家族に会えるから頑張れる。生活パターンを会社にも理解してもらっている」との声もあった。

 井上CEOは「ピーチという『空飛ぶ電車』でライフスタイルが変わった証拠。これからも、LCCを使った顔合わせのコミュニケーションを応援したい」と話している。
(1/10 沖縄タイムス)

ピーチ5周年2.jpg





【酔駄言】☁ 14/15℃:0mm:風が強く今冬で最も体感温度が低く寒かった

 11年に沖縄に移住した時を含めて飛行機に乗ったのは7回しかない。宮古島への往復に帰阪での往復と2度めの宮古島へ往復だ。外資時代の30余年間に毎月の会議には、当初は新幹線で後半は飛行機で上京していた。往路は飛行機で帰路は新幹線の最終は居酒屋が恒例だったからなぁ。

 地方出張はもっぱら鉄道で名古屋へは新幹線で行き、その足で高山線で富山から北陸本線で小松。松江へは山陰本線で行くしかなかった。山陽方面は2ルートが有り倉敷/広島へは新幹線で、フェリーで新居浜から予讃線で松山/さらにフェリーで広島へ戻り、新幹線で下関/小倉/博多と顧客を廻る。

 山陽路のもう一つのルートは倉敷/広島/下関/小倉/博多への新幹線、逆向きでは夜行寝台かフェリーで九州に行き、博多/小倉/下関を廻って新幹線で帰阪。沖縄はもちろん空路しかないし浦添の顧客へはタクシー。各顧客へは約3ヶ月に1度の定期訪問を続けていた。

 汎用コンピュータのパッケージソフトで、3ヶ月に1度のアップグレードのテープがアメリカから届いていた。名古屋/北陸廻りや松江/広島/倉敷廻り、新居浜/松山/広島/下関/小倉/博多廻りを各々2泊3日でほヾ毎月の顧客廻りを楽しんでいた。もちろん沖縄が一番の楽しみっだったのは言うまでもない。


posted by まな兵衛 at 12:49| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

イソギンチャクの新種

イソギンチャクの新種
ツノナシとモモイロマメ、琉大チームが命名

新種サンゴ.jpg
モモイロマメツノスナギンチャク
新種サンゴ2.jpg
ツノナシスナギンチャク

 沖縄県の恩納村真栄田岬、読谷村残波岬、本部町備瀬崎周辺のダイビングポイントで、ツノスナギンチャクの新種が2種発見されたことが分かった。琉球大学の喜瀬浩輝・産学官連携研究員(パラオ国際サンゴ礁センター勤務)とジェイムズ・ライマー准教授、鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの藤井琢磨特任助教らでつくる研究チームが、「ツノナシスナギンチャク」「モモイロマメツノスナギンチャク」とそれぞれ命名した。

 琉大によると、ツノスナギンチャクはこれまで、大西洋と東部太平洋で1種ずつ確認されているが、今回の研究で沖縄、パラオ、モルディブ、紅海から計3種が新たに見つかり、インド太平洋にも広く分布することが明らかになった。

 一般的にツノサンゴの軸上に群体を成すが、新種の「ツノナシ―」は岸壁に直接付着する珍しい特徴があるという。また、新種はサンゴ礁で形成された洞窟やくぼみなど人目に付きにくい環境に生息。

 「琉球列島や周辺海域から新種の発見が相次いでいるが、洞窟など暗い環境も調査することで沖縄のサンゴ礁の生物多様性について新たな知見を収集することが可能となる」と指摘した。
(1/5 沖縄タイムス)





【酔駄言】☁ 14/18℃:1mm:明け方にお湿り後は終日の厚い雲

 名護市の東海岸でオスプレイがハードランディングで大破してから、伊江島でCH-45が不時着や伊計島の農道にAH-1が不時着、東村の牧草地へCH-45が不時着後に炎上、そして伊計島の砂浜へUH-1の不時着と恩納村の産廃場へCH-1の不時着と、1年ばかりのうちに6件の海兵隊ヘリコプターの不時着があった。

 これはいくらなんでもトラブルが多すぎるよなぁ。中でもクラスAの事故がオスプレイと炎上したCH-45が目立つが、いずれも住民や乗員の人命は無事で人家/建物にも被害がなかった。不幸中の幸いというべきか人家から近い場所ばかりで、一歩まちがえば大変なことになったのは間違いない。

 しかし、6件とも機体のコントロールななされていて、人家/集落を避けて不時着をしていることは注目に値する。海兵隊のトップは乗員の冷静な操縦で危険を回避したといったが、それはほとんど報道されなかったが正しいコメントで、海兵隊内部では訓練の賜物と評価されているらしい。


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2018年01月08日

新成人の逮捕なし

新成人の逮捕なし
「こんなに静かな国際通り初めて」

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お揃いの紋付き袴で国際通りを練り歩く=2003年01月12日
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 沖縄県内各地で成人式があった7日、那覇市の国際通りでは新成人の暴走と危険行為などによる逮捕や保護の件数がゼロだった。

 那覇署と県警本部が260人態勢で警戒に当たったが、同署は「今までにない落ち着きだった。国際通りの警戒だけでなく、校区単位で保護者と対策したことも大きい」と分析した。

 例年、那覇市の新成人らは各中学校単位での式典を終え、国際通りに集まる。そろいのはかま姿で歩道を埋め尽くしたり、暴走や酒瓶を持って暴れたりするなどの危険行為を警察官が規制していた。

 同署幹部は「今年の新成人は注意指導をしっかり聞き入れてくれ、混乱はなかった」。多くの新成人らが写真撮影に訪れる午前中の首里城周辺でも、大きな混乱はなかったという。

 てんぶす那覇近くにある土産品店の男性店員(23)は、「こんなに静かな成人式の日の国際通りを初めて見た」と驚いた様子。「小雨が降り続いたことで天候も影響したのでは」と話した。
(1/8 沖縄タイムス)

沖縄の成人式はいつごろから、なぜ“ド派手”に

 2003年、那覇市の成人式は前年の式典で逮捕者が出たため市主催の式典が中止になった。この事件は、いわゆる「沖縄の成人式」として全国ニュースでも話題になっていく。那覇市の国際通りをカラフルな袴で威圧的に練り歩く映像を見た人は少なくないはずだ。(1/8 沖縄タイムス=記事全文はこちら)





【酔駄言】☂ 19/24℃:36mm:まとまった雨量で湿気たムシ暑い一日

 また、また、米海兵隊のヘリコプターターが不時着。一昨日の伊計島と同じ普天間の攻撃ヘリ。こりゃアカンなぁ・・・ とっくに寿命のきた老朽機をなだめすかして飛ばしているようで、整備体制うんぬんよりオンボロ機体で、満身創痍の退役ヘリコプターだ。

 もはや在沖海兵隊もお手上げで沖縄防衛局や防衛省/政府も、辺野古工事を中断するぞと米国に不退転の強い抗議をし、沖縄は補給基地のみとして攻撃機の駐留/訓練をやめさせるべきだ。補給用のオスプレイなどの輸送機だけの基地として、辺野古の早期完成を目指すべきだとおもうべなぁ〜


ラベル:成人式
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2018年01月07日

子宝祈願「ドウドイ」

子宝祈願「ドウドイ」
120年以上の伝統、子宝祈願の珍行事


 長い歴史を持つ子宝祈願の珍行事です。名護市の集落で子宝を望む男性が丸太にまたがり、股間の痛みに耐えながら集落をまわる新年恒例「ドウドイ」が開かれました。

 「ドウドイ」は名護市久志区で120年以上の歴史を持つ子宝祈願の伝統行事です。毎年正月3日に行われ、子宝を願う男性がトゲのあるアダンの丸太を十字に縛った木馬にまたがります。

 「ドウドイ、ドウドイ」(掛け声)音生かし集まった人々は「ドウドイ」と掛け声をかけながらホラや太鼓を打ち鳴らし集落を練り歩きます。ときに上下に揺さぶられ股間の痛みに耐える男性。およそ500メートルの道ジュネ―を終え木馬を降りた男性は…しばらく上体をあげることができませんでした。

 「いい経験になったと思うんですけどもう2度とやりたくないですね。今まで生きてきた中で体感したことのない激痛が…きょうで相当鍛えられたので、これから恵まれるように頑張っていきたいと思います」(木馬に乗った宮里敬吾さん)

 「頑張ってました。すごかったです」(宮里さんの妻) 一風変わった集落の伝統行事を多くの区民や正月で帰省した人達が楽しんでいました。
(1/5 RBCテレビ)





【酔駄言】☂ 15/19℃:10mm:未明から終日(いまも)しとしと☂ 気温上がらず

 また米軍の攻撃ヘリが不時着した。メインロータの回転異常で警告ランプが点いたため、予防的に人家の少ない砂浜に着陸したらしい。機体や乗員/住民の人命に損傷がなく不幸中の幸いだ。それにしても米軍機のトラブルが相次いで、現場近辺の住民はもちろん市や県は抗議の大合唱。

 どうやら在沖海兵隊の整備体制に問題がありそうだ。オスプレイ以外は旧型機を延命させて酷使しているようで、米海兵隊の予算不足で継機の配備が遅れているようだし、整備も我が国の「思いやり予算」という国民の血税で、韓国の民間航空会社が格安で請け負っているという・・・


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2018年01月05日

アートで落書き対策

アートで落書き対策
シャッター好評 那覇・平和通り

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カーテン専門店のシャッターに描かれたイラスト
 老舗商店街のシャッターがポップな“インスタ映え”スポットに―。

 那覇市の平和通り内の平良カーテン専門店と松本商店の2店舗のカラフルなシャッターアートが注目を集めている。

 居酒屋などの増加で夜も人通りがある平和通り。閉店後の商店街に新たな魅力が出現した。
 平良カーテン専門店では、2年ほど前、シャッターに書かれた落書きの対処に困っていた。営業・施工担当の長堂孝太さん(30)が、中学時代の先輩でペインターのsakuさんから「絵が描ける場所があったら教えてほしい」と言われていたことを思い出し、即座に店のシャッターを提案した。

 sakuさんを中心に2〜3人のチームで、ペンキやスプレーを駆使し、8枚のシャッターを1週間で仕上げた。イラストには、平良カーテン専門店が仕立てから販売、取り付けまで行うカーテンと、公設市場で販売されている魚をイメージしたキャラクターなどを盛り込んだ。

 長堂さんは「これまでは落書きもあって、夜は正直暗くて怖いイメージだった。絵が描かれてからは明るくなってうれしい」と喜ぶ。落書きもやんだという。

 かつお節など乾物を扱う松本商店のシャッターにイラストが描かれたのは11月。県外から来たペインターに声を掛けられたことがきっかけになった。

 松本商店のシャッターも落書きされて困っていたため承諾した。作業は閉店後に行い、3日で完成。従業員の大城ゆかりさんは、迫力ある大きなシーサーのイラストに驚いた。「すごい。こんな絵になるとは思っていなかった」と笑顔を見せた。

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松本商店に描かれたシャッターアート

 どちらの店も閉店後にシャッターの前で写真撮影をする観光客も多いという。大城さんは「店が開いてるときも行きたいって人が増えるかもしれない。店の看板もきれいにしなくちゃ」とうれしそうに話した。

 那覇市中心商店街連合会の粟国智光副会長は「面白い取り組み。アーティストの発表の場としても広がればいい」とさらなる展開に期待を込めた。
(1/1 琉球新報)





【酔駄言】☁ 17/19℃:0mm:朝方は日差しがあったがすぐに雲が空を覆った

 平和通り商店街は戦後の壺屋への先遣帰還から、神里原やガーブ川沿いの闇市とともに発展してきたが、ガーブ川で繰り返す氾濫のため暗渠化され水上店舗ができ、牧志公設市場の開設とともに国際通りの整備で市場通りとともに、まちぐぁーを形成しているが市場通りに賑わいを譲っている。

 観光客が国際通りから公設市場への流れが定着すると、戦後の繁栄を誇った神里原/平和通りは衰退が始まり、シャッター街の様相を呈しはじめ夜間は人通りが絶えかけたが、近年は「せんべろ横丁」の居酒屋が平和通りまで拡大し始め、夜間の人通りを取り戻しつつあるようだ。


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2018年01月04日

観光収入を過大発表

観光収入を過大発表
沖縄県の経済は「基地」に依存し、「観光」にも支えられている
基地の恩恵少なく見せ、反米に利用か


旅費単価.jpg
広報なは新年号掲載の観光統計(クリックで拡大)
【本文記事とは関係がありません】
 沖縄県が県民経済計算の参考資料で、観光収入を過大計上していることが3日、分かった。異なる基準で計算して基地収入と比較し、結果的に「反基地」「脱基地」の県政に沿う形で、観光収入を大きく見せかけていた。県民経済計算は売上高などから経費を除いたいわゆる利益部分を公表するが、同県の観光収入は売上高をそのまま公表。統計上欠陥がある状態で米軍基地反対運動の材料にも利用されている。

 沖縄県は翁長雄志知事が講演や記者会見で、観光収入を引用して経済の基地依存の低下を強調し、「沖縄経済の最大の阻害要因は米軍基地」との主張を展開。地元2紙や基地反対派による「沖縄経済が基地に依存しているというのは誤り」とするキャンペーンや、運動の材料になっている。

 沖縄県は平成26年度県民経済計算の参考資料で、同統計には表れない「観光収入」(5341億7200万円)と、基地収入である「米軍基地からの要素所得」(1519億8300万円)を公表している。

 県民経済計算は本来、売上高や出荷額から中間投入額(原材料費や光熱水費など)を除くルール。基地収入は、米軍雇用者所得と軍用地料などの合計で、もともと経費はかからないため、県民経済計算のルールに沿った数字だ。

 一方、観光収入は、県内空港でのサンプル調査などをもとに県内消費額(ツアーも含む交通費、宿泊、飲食費、レジャー施設入場料、おみやげ代など)を推計し、かかった経費を差し引かずに公表しており、数字が大きくなる。

 沖縄振興に関わる政府関係者は「基準の異なる数字を比較材料として使うのは、統計上重大な欠陥」と指摘し、政府の沖縄振興策の適切な執行のためにも、早急な改善を求めている。

 工業立国だった日本の統計は製造業が中心で、サービス統計は弱体との指摘がある。県民経済計算でも、産業分類で「観光業」、あるいは最終消費支出で「観光」の項目はなく、「観光収入」の定義もない。

 沖縄が基地収入と比較している観光収入について、他県は、観光客が県内で落としたお金=「観光消費額」として単独で公表している。統計が弱体だからといって、自らが志向する反基地政策の補強のために都合良く使っていいわけではない。

 政府の経済財政諮問会議でも「統計の改善」が問題提起され、各省庁で作業が進んでいる。沖縄県も、観光立県という政策の実現に向け、米ハワイ州観光局なども参考にした正確な統計づくりを目指す必要がある。
(1/4 産経新聞)





【酔駄言】☁ 17/22℃:0mm:朝のうち陽が射したが雲が優勢に、明日は久しぶりに雨が降るらしい。こんな穏やかで暖かい正月はあまり記憶に残っていない。昨年の20日以来は大晦日の夕方に1mmのお湿りがあったくらいで、2週間で1mmの雨では乾燥注意報が出っぱなし。

 ここ1〜2週間の気温は15/20℃なので平年並みだが、人の記憶はあいまい(ボクだけ?)で去年に比べて、天候や暑さや寒さを比べられるがそれ以前は? まぁ、しかし、この年末年始は暖かく沖縄に住んでいてつくづくよかったなぁとおもうなぁ。

 ニュース映像や天気予報を見ると東名阪の気温や、山陰/北陸/信越/東北はもちろんのこと北海道の気温は想像を絶する。むかし長男が2冬を帯広に住んでいたが仕事もさりながら、「人の住むところやない」と帰阪したことを思い出す。沖縄に比べて20℃以上も寒いなんて・・・


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2018年01月03日

壺屋の正月散策

壺屋の正月散策
「ビンジュル御嶽」・「ニシヌメー」を初詣
 好天の三が日、すーじぐぁーを経て壺屋の村神様「ビンジュル御嶽」へ。そしてやちむん通りへ戻り
陶工の神様「ニシヌメー(北の宮)」まで、初詣をかねてそぞろ歩き


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やちむん通り、正面がわがマンション
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マンションの裏はスージグァー(細道)
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スージグァーの清正釜
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清正釜の横へスージグァーが続く
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スージグァーにおなじみの壺屋ネコがいた
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毛並みの良いペルシャネコは飼い猫か
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茶房「すーじ小(スージグァー)
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すーじ小のとなりが育陶園陶芸道場
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高江洲陶房「育陶園」の陶芸道場へは足かけ3年も通った
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ビンジュル御嶽(左は町民会釜)
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町民会釜の壁面に皿が埋め込んである
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壺屋の村神様「ビンジュル御嶽」、壺屋の行事はすべてここから始まる
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ビンジュル御嶽前のガー(井戸)も拝所
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やちむん通りから西を見る
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フェーヌガマ(南の釜)はアラヤチ(荒焼)の登り窯
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陶器博物館上のニシヌメー(北の宮)
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ニシヌメーは北の窯跡で博物館建設時に陶工の神様として建立された
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写真はクリックすると新ウインドで拡大表示ができます





【酔駄言】☀ 17/21℃:0mm:日照≒60分/時の快晴、壺屋散策日和り

 正月の三が日は好天に恵まれたせいか、3日目の今日はビンジュルもニシヌメーとも誰にも会わなかった。地元の壺屋住民や陶工らは元日早々に拝みを済ませたのだろう。やちむん通りは今日も観光客が多かったが、店舗は開いていたけど陶房はまだ閉まっていた。

 観光客向けのガイドマップやWebには御嶽や拝所も載っているが、あまり関心がないのか訪れる人はなかった。街中の陶郷とはいっても窯元も少なく、まして見学できる陶房も1〜2しかない。やちむん通りの店舗を見て回るだけでは、せっかく陶郷にきたのにと思うかも。

 確かに各地の窯場には陶房も店舗も多く、陶郷ならではのトータルな郷愁を感じられる。しかし、壺屋は陶芸集落としては期待はずれかもしれないが、街中という立地で観光地の一角を占めているし、裏小道のスージグァーは戦前の面影を遺していて、かっての陶郷に思いを馳せることができるのだ・・・


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2018年01月02日

首里城「新春の宴」

首里城で「新春の宴」
首里城で「子之方御拝」の儀式

新年の宴1.jpg  首里城公園「新春の宴」が1日、那覇市の首里城公園で始まった。

 1日午前、琉球王国時代の正月儀式「朝拝御規式(ちょうはいおきしき)」の三つの場面が再現された。

 最初に再現された「子之方御拝(にぬふぁぬうぬふぇ)」は、国王をはじめ、王族や王国の高官、庶民の代表らが参列し、神様に1年の平穏を祈願する儀式。

 御座楽(うざがく)が鳴り響く中、「国王」と「王妃」が姿を見せ、ゆっくりと御庭(うなー)に進んだ。国王と臣下らが祭壇に向かって拝礼し、「ワンスイ(万歳)」と声をそろえて唱え、新年を祝った。

 御庭には大勢の観客が詰め掛け、豪華な衣装を身にまとった国王らによる厳かな儀式に見入った。下之御庭(しちゃぬうなー)では無料のさんぴん茶と甘酒が振る舞われ、琉装の女性たちが笑顔で訪れた人たちに勧めていた。

 新春の宴は3日まで。3日午前には、御座楽の演奏とともに国王・王妃が正殿から出御する「国王・王妃出御」が行われる。
(1/2 琉球新報)

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          ◆「新年の宴」を詳しく記述したホームページ(まな兵衛制作)はこちら





【酔駄言】☀ 14/21℃:0mm:今日も良い天気で温かい正月で明日も晴れの予報、首里城の再現儀式も波上宮の初詣も賑わっていたようだ。テレビのニュースをにも半袖姿が目立ったし、やちむん通りも同じく半T短パンの観光客がいた。

 沖縄旅行に来た本土からの人々にとっては、この正月の温かい沖縄の気候にめぐまれよかったなぁ。東名阪の天気予報を見ると10℃も気温が高い。移住する前は初冬から灯油ストーブを点けっぱなしで、灯油代がかさんだことを思えば夢のような別天地。

 それでもニ冬目には身体が沖縄の気候に慣れ、体感的に寒いと感じるようになってきた。冬物の衣類は全て処分して移住したのに、ナンやこの寒さはとユニクロで冬物衣類や、市場で冬物寝具をあわてて買ったなぁ。南国亜熱帯の沖縄でも冬は寒いということですわ。


ラベル:首里城 新春の宴
posted by まな兵衛 at 11:44| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

迎春 2018

くとぅしん
ゆたさるぐとぅ
うにげーさびら

今年も よろしく お願いいたします


迎春.jpg


広報なは20180101.jpg





【酔駄言】☀ 14/20℃:0mm:予報ハズレで朝からほヾ快晴の暖っかな元旦

 大晦日から元日は単に1日の暮れ明けではあるが、歳が替わる節目なので旧年の始末と新年の始まりという、気持ちの切り替えに伴う行事もそれなりにある。過ぎ去った年のまとめをしくる年を迎へる準備もあろう。今年の反省を来年の飛翔に転換する大事な2日間ではある。

 しかし、年を経るにしたがい節目の士業が希薄になるのは病むを得ないなぁ。それでも独居老人にも年の替わり目にすることはあるのだ。年末のまとめは大晦日で締めるので年始に持ち越し、元旦の計はそれ以降になるのは、長年の営業人生の習い性でいまさら変えられないんだ。

 昨年の人生決算は元日の今日にした。まずは12月の家計簿を〆て月決算をし、そして、1年間の総決算をしてみたら家計は黒字だった。医療費は結構かかっていたが後期高齢者国保と、民間医療保険の給付とでトントン。ブログも去年は34,225訪問(2,855/月)でありがとうございました。

 さて、1年の計は元旦にありとはいうが老い先短い高齢者としては、せいぜい後はナン年生きられるか? 昨年は入院の後の毎月の通院でナンとか不自由生活を維持できたが、今年も現状の健康と生計を維持して冬季五輪/東京五輪まで、自宅で酒をチビチビとテレビ観戦したいもんだなぁ、と・・・


ラベル:平成30年 2009年
posted by まな兵衛 at 12:31| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

沖縄は正月が3つ!

沖縄は正月が3つ!
県外の人は知らない沖縄の正月


 沖縄には3回正月があるのをご存じですか? 今年(2018年)は1月1日と1月28日、そして2月12日が沖縄の「正月」でした。沖縄の風習と深く結びついた3つの正月についてご紹介します
(2019年は2月16日が旧正月、3月3日が十六日祭)
旧正月.jpg
旧正月の糸満漁港では停泊している漁船に大漁旗が掲げられ、1年の豊漁を願います

 新暦の正月(1/1)
 一つ目はもちろん、日本本土と同じ新暦の1月1日。大みそかには沖縄そばの年越しそばを食べ、年が明けると各家庭には年賀状が届き、子どもたちにはお年玉をあげます。沖縄のほとんどの家が新暦の正月を祝っています。

 初詣にも行きます。那覇市の波上宮や宜野湾市の普天間宮などは初詣客でにぎわいます。正月料理のメーンは豚肉料理。豚の内臓の入った中味汁や白みその甘みがおいしいイナムドゥチ、ラフテー(豚の角煮)などが食卓に並びます。食べ物に多少の違いはあるものの、新暦の正月は本土とほとんど一緒ですね。

 旧正月 (2/16)―各地でさまざまな伝統行事
 二つ目の正月は旧暦1月1日。来年は2月16日が旧正月にあたっています。新暦の正月が主流を占める沖縄ですが、旧暦の行事も色濃く残っており、旧正月の日は各地でさまざまな伝統行事があります。

 例えば、粟国島では大みそかに各家庭へ塩を売り、踊りをささげる「マースヤー」という行事をします。「神の島」として知られる南城市の久高島でも1年の健康祈願を行う「シャクトゥイ」が行われます。島はこの日、多くの出身者が帰省しにぎやかになります。

 月の満ち欠けを基にした旧暦は、海との関係も深い。海人の町・糸満市は旧正月を盛大に祝います。糸満漁港では停泊している漁船に大漁旗が掲げられ、1年の豊漁を願います。地域によっては旧正月にお年玉をあげるところもあり、それらの地域ではこの時期までお年玉袋が売られています。

 あの世の正月―十六日祭
 そして三つ目は3月3日。旧暦1月16日にあたり、沖縄では「ジュウルクニチー(十六日祭)」と呼ばれています。この日はなんと!あの世(ウチナーグチでは「グソー」)の正月です。

 ジュウルクニチーが盛んなのは宮古島地方や八重山地方。お墓の前に親戚が集まり、豚肉料理やかまぼこ、豆腐などを詰めた重箱を備え、先祖供養します。宮古島地方や八重山地方では最も大きな行事で、この日は多くの人が里帰りします。沖縄本島に住む宮古、八重山出身者は那覇市の三重城(ミーグスク)で、それぞれの出身離島に向かって供え物を並べ、先祖へ祈りをささげます。

 ジュウルクニチーの習慣が薄い地域でも、亡くなってから1年以内の人がいる家庭は例外。新暦の正月や旧正月は質素に行い、このジュウルクニチーを「ミージュウルクニチー(新十六日祭)」、あるいは「ミーサー(新霊)」と呼び、お墓参りをして霊をなぐさめます。


 三つの正月はそれぞれに意味があり、どれも大事な日です。日本風の新暦、古くからの伝統の旧正月。そして先祖を供養し、共に新年を祝う十六日祭。三つの正月からは、いろんな文化を取り入れながらも古い文化、先祖や自分たちのアイデンティティーを大事にする沖縄らしさがよく見えてきます。
(琉球新報Style:オリジナル記事はこちら)




【酔駄言】☁/☁|☂ 15/20℃:1mm:曇りがちの大晦日、夕方に10日ぶりのお湿り

 大晦日は今年最後の日だけどただの一日でもある。あと数時間で明日になるだけの普通の日だが、カレンダーはめくっても来月のページはない。もらった3つのカレンダーを明日の朝に掛け替えるので、年が代わったこを改めて感じることになるなぁ。

 大晦日とはいっても独老にはナニもすることがない。門松もお節もしめ縄も鏡餅もまったく無縁だし、大掃除も部屋の片付けもしなかった。いつものように晩酌をして歯を磨いて食器を片付け、芋焼酎をちびちび呑みながらブログの酔駄言に取りかかっただけ。

 とはいっても今夜だけは12:45からの行く年来る年を視るので、寝るのがいつもより1時間遅い午前様になる。だから明日は1時間よけいに朝寝をして8時起き。明日の那覇は曇りでやちむん通りには初日の出がさしかけない。まぁ、別に初詣に行くつもりはないけど・・・

 今年1年間ブログを読んでいただけありがとうございました。明日からもいつもどおりに沖縄の話題を性懲りもなく綴っていくつもりです。では、良いお年を・・・


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2017年12月30日

のうれんプラザにぎわい

のうれんプラザにぎわい
野菜や正月のしめ縄などを並べ、相対売り

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   「県民の台所」として60年以上親しまれた那覇市樋川の農連市場が11月に閉鎖された。隣接地に約120店舗が入居する新施設「のうれんプラザ」が整備され、農連市場から移転した店舗や店子らが営業を続け、新規出店の小売店や飲食店も入る。農連市場の特徴だった「相対売り」の継承や、切れ目のないにぎわいの創出を目指す挑戦が続いている。

 平日の午前0時ごろ、一部の総菜屋などが仕込みを始める。3時ごろから店子や農家らが野菜を並び始め、仲買業者や飲食店関係者らも続々と訪れる。4〜6時が市場エリアの一番にぎわう時間帯で、野菜が入ったかごや段ボールが次々と運ばれる。店子らは野菜を売り切ると店を閉め始め、午前中で多くの店が営業を終える。

 一方、小売店や飲食店の多くは同10時ごろにオープン。昼食時間帯には満員になる飲食店もあり、お酒を提供し、夜まで営業する店もある。市場エリアと小売り・飲食店エリアで営業時間が異なるため、集客やにぎわう時間帯が分散。日中や、市場の店舗が休みの日曜日に訪れると、シャッターが下りている店が目立ち、閑散としているようにも見えてしまう。

 同施設を管理運営する「のうれんプラザ運営室」の松田博幸室長は「午前10時ごろが、一番多くの店が営業していて、店の魅力が楽しめる」とPRする。集客アップを課題に挙げ、「来年1月には商店会を結成し、集客イベントなどを話し合っていきたい」と説明。日中の一般客の増加を目指し、来年1月6〜8日には正月セールも実施する。

 農連中央市場事業協同組合の備瀬守代表理事は「順調とまでは言えないが、市場は盛り上がってきている。移転後、相対売りに農家2〜3人が新たに加わった」と手応えを語る。

 多くの市場店舗が午前中に営業を終えることを受け、農家が売り残した野菜を組合が買い取り、日中も販売を続けられないかなど、解決策を模索する。備瀬代表理事は「売れれば農家のためにもなる。営業や品ぞろえが日中も続けば、施設全体の活気にもつながる」と話した。
(12/28 沖縄タイムス琉球新報)





【酔駄言】☀ 16/21℃:0mm:日中の日照は60分/時の快晴で半T姿が目立った

 銀行/買い物の帰路に旧農連市場の「のうれんプラザ」に寄ってみた。1階の相対売り場は歳末とあって賑わっていた。閉鎖された元の農連市場はトタン屋根の倉庫を、畳1枚から1坪くらいに細かく区切った薄暗い市場で、店主はこれも劣らず地黒のオバーばかりで買い物がしづらい雰囲気だった。

 新しくなったプラザは最低1坪以上だが、市場から移動したオバーたちも照明のせいか、小奇麗にみえたが扱っているのは前と変わらず、野菜が主で値段も書いていないので相対で値段交渉? 独老としてはスーパーやCOOPなどで価格に疎いので、値切っても安いのかどうかわかりずらいなぁ・・・


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2017年12月29日

悠々クジラに歓声

悠々クジラに歓声
今季のホエールウオッチングがスタート

ホエールウォッチング.jpg

 座間味島で27日から今季のホエールウオッチングツアーが始まった。この日、村ホエールウォッチング協会所属の監視員が外地展望台から1頭のザトウクジラを確認した。

 慶良間海峡でゆったりと泳ぐクジラがボートからも観察でき、客が歓声を上げた。宮城清船長(57)は「今シーズンもクジラが帰ってきてうれしい」と語った。

 同協会によると21日に今シーズン初のクジラが確認された。ツアーは4月5日まで。
(12/29 琉球新報)





【酔駄言】☁ 19/20℃:0mm:雲間から時折り陽射しがある平穏な一日

 沖縄特有の北からの季節風が大型フェリーも揺らす中、慶良間/座間味でのホエールウォッチングは大揺れで、舟に弱い人には辛いクルージングだろう。気温も平年並みというが北風が加わって体感温度は、10℃くらいまで下がり沖縄は寒いなぁと思うこと思うだろう。

 夕方のニュース映像で帰省ラッシュの様子が報じられていた。親子親族4世代あわせて15人が、おそろいの長袖Tシャツで石垣に帰省したらしいが、旅費に思いを馳せるとあわせて20〜30万円? 海外旅行も120万人とかで平均15〜30万円? 低年金の孤老にはうらやましい年末年始・・・


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2017年12月28日

「森のこびと」

「森のこびと」
石垣島でキノコのような花

森の小人.jpg

 石垣島で海沿いの林などに群生する植物「リュウキュウツチトリモチ」が、キノコのような花を咲かせ、見頃を迎えています。リュウキュウツチトリモチは、木の根に寄生し、茎と花が地表に現れる植物で、キノコのような形をした2センチから3センチほどの小さな花を咲かせます。

 国内では沖縄県内だけで見られ、石垣島の海岸に近い群生地では開花が進み、見頃を迎えています。

 ほのかな赤みがかった色の小さな花が密集して、丸いキノコのような形をつくっているのが雌花で、その下を白く縁取っているのが雄花です。その花の形から「森のこびと」とも呼ばれていますが、生育数が限られ、沖縄県の準絶滅危惧種に指定されています。

 石垣市教育委員会文化財審議委員の松島昭司さんは「森の妖精のようなかわいい花で、1月中旬まで楽しめます。貴重な植物なので採取はせずに、写真を撮るなどしてあたたかく見守ってほしい」と話しています。
(12/27 NHK沖縄)





【酔駄言】☀ 16/21℃:0mm:さぁ、今年最後の☀かも? 暖かい年の瀬

 むかし、はじめてデジカメを買ったときには、自宅の裏山にひっそりと咲く山野草を撮りにいった。当時のデジカメはたしか200万画素程度だったが、銀塩カメラと違ってすぐにパソコンに取り込めた。それ以来デジカメで取った草花は数え切れないが、いまは1枚も残っていない。

 13年前(2004/9)にはじめたブログで草花の画像を使ったのは、約3ヶ月後の9/25で我が庭の薔薇の蕾で、320x240の小さな写真だった。それ以来写真はすべてデジカメに撮ってパソコン上に残していたが、いまのパソコンには残っていない。しかし、昔のブログで往時の画像をみられるのはありがたい。


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2017年12月27日

北中城村ナスの御嶽

北中城村ナスの御嶽
湧水地そのものが御嶽として祀られている

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土地の安寧を祈るオバァ。湧水地そのものが御嶽として祀られている(北中城村大城・アガリヌカー)

 中城(きたなかぐすく)村にあるナスの御嶽(うたき)は、琉球王府が編纂した『琉球国由来記』によると、この御嶽には「ナスツカサ御イベ」という神が祀られているとされています。また、祠の最奥部には初代琉球王、舜天王統(1187〜1259)の開祖・舜天(しゅんてん)、舜馬順熙(しゅんばじゅんき)、義本(ぎほん)の三王を葬ったとされる墓もあり、村指定の史跡としても登録されています。

 御嶽とはひと言で説明すると「その土地と人々を守護する神様」が祀られた聖地のことをいいます。本土の神社に似ていますが、沖縄の御嶽はそれよりも原始的な信仰の場で、その土地本来の自然を神様として崇めているのが特徴です。御嶽信仰が自然信仰といわれる由縁ですが、祀られている対象は原生林や大木、井戸、泉、自然の石や岩など。神はこうした自然の造形物に降臨すると考えられてきました。ナスの御嶽の場合も同様で、立派な拝所の奥部にある琉球石灰岩の岩が神の御神体とされています。

 沖縄では聖域や霊石を「イビ」「イベ」と呼び、その前に香炉が置かれています。実にシンプルな信仰の場といえますが、あくまで自然をもって神々としているので、仏教やキリスト教などで語られる教義や経典もありません。こうした自然信仰は古代の東アジア一帯にみられ、本土も仏教が伝来する6世紀以前は自然崇拝が一般的でした。他方、沖縄には仏教が民間に浸透せず、古い信仰がそのまま残り、現在に伝わったと考えられています。

 御嶽は神様に五穀豊穣やその土地で暮らす人々の安寧を祈願する神域。いいかえれば個人の願い事や欲望を祈るための場所ではないということです。それゆえ昔から自然の恵みに感謝の念を伝える場として大切に維持され、神事を司る神人(かみんちゅ)も身を浄よめ、神様に仕えてきました。

 事実、御嶽には人智の及ばない崇高な何かが宿っていると信じる人が現在も大勢います。いわば空間全体が霊的な由来のある場として土地の人々から神聖視されてきたのです。そのため人々はつねに御嶽を掃き清め、むやみに足を踏み入れず、御嶽の前を通るときも一礼をするのが大切なマナーとして遵守されてきました。
(12/23 琉球新報Style)





【酔駄言】☀/☁ 15/20℃:0mm:平年並みの穏やかな年末

 壺屋の御嶽は昨夜も触れたビンジュル(ガー)と、壺屋焼物博物館奥のニシヌメー(北の宮)がある。ビンジュルは壺屋の村神様でニシヌメーは陶器の神様。あと壺屋の拝所は併せて7つあり町民会の婦人部が拝みをしている。それらはニシヌメー以外はすべてガー(井戸)である。

 博物館の入り口で陶芸会館の片隅にバンジュガー(番所井戸)跡がある。琉球各地の窯場が壺屋に統合された時、王府が設置した瓦(陶器)奉行の出張所でガーの横に番所が置かれた。この井戸も良い湧水が豊富に湧き出し池になっていて、その水場を利用するニシヌガマ(北の釜)が築かれた。

 その登り窯後に祀られたのがニシヌメーであり、湧水源をバンジュガーと呼ばれ窯場だけでなく、住民の生活用水として用いられたという。今では上流の石灰岩の丘に博物館などが作られ、伏流水は途絶えているが陶工らによるシーサーが設置され拝所となっている。


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2017年12月26日

首里城「若水」献上

首里城「若水」献上
「若水」献上、健康長寿祈る 首里城で伝統行事「美御水」

首里女王若水.jpg
琉球王府の役人役の男性から「阿母志良礼」役の女性が若水を受け取る
 首里城で国頭村辺戸の「若水」を献上する伝統行事「美御水(ヌービー)の奉納祭」が行われた。

 王府の役人にふんした男性が、首里城正殿裏で待ち構えていた高級女神官の阿母志良礼(あむしられ)役の女性に若水を献上し、来る年の平和と県民の健康長寿を祈った。

 美御水を阿母志良礼に献上する役人役を務めた当蔵町自治会の桃原良光副会長は「厳かな気持ちで臨み、役目を果たすことができた。自治会でも若者の参加者を増やし、伝統行事を継承していきたい」と語った。(12/25 琉球新報)


首里城に美御水のウスネーイ(奉納行列)

 年の瀬を前に、琉球王国時代の年始行事を再現する「首里城への美御水(ヌービー)の奉納祭」(主催・首里当蔵町自治会)が24日、那覇市の首里城周辺であった。同自治会などの有志約50人がノロや役人に扮(ふん)し、国王にささげる美御水を持って城内を練り歩く伝統ある奉納行列(ウスネーイ)に、多くの住民や観光客が見入った。

 一行は、円覚寺で国頭村の辺戸大川と浦添市の沢岻樋川でくんだ「お水」を混ぜて祈願した後、首里城正殿の御内原で献上の儀を執り行った。国の繁栄を願い奉納した美御水は、琉球王府時代に国王の年始儀式「お水撫で(ウビナディー)」で使われたという。
(12/25 沖縄タイムス)





【酔駄言】☀|☁ 15/19℃:0mm:まずまず穏やかな歳末の気候

 沖縄では古くから自然の造形物を崇める習慣があり、その一つに「ガー(湧水井戸)」も生活に欠かせないので大事にし崇めている。首里の王府もガーを重視し「お水取り」や「美御水」など、ノロ(神女)に扱わせて祭祀化している。聞得大君の就任時にも「お水撫で(ウビナディー)」が必須だ。

 壺屋にもかってはガーが多くあって今でも湧水がある場所が拝所となっている。壺屋の村御嶽であるビンジュルにもガーがあるのは、こんこんと湧く湧水の井戸が壺屋の住民にとって貴重な生活井戸で、御嶽にガーがあるというよりはガーが命の湧水なので御嶽になったのかも知れない。
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2017年12月25日

ビーチに半袖サンタ!

ビーチを駆ける半袖サンタ!
砂浜を駆ける半袖サンタ! 暑いイブ、沖縄で27度

半袖サンタ.jpg
照りつける日差しの下、サンタの帽子をかぶりトレーニングをする宜野湾高校野球部の選手たち
=24日午後、北谷町・サンセットビーチ

 沖縄地方はクリスマスイブの24日、南から暖かい空気が入って晴れたことで先島諸島を中心に気温が上がり、波照間空港で午後0時3分に平年より4.7度高い最高気温27度を記録する夏日となった。

 那覇市内でも同1時38分に平年より5度高い25.5度を観測した。北谷町のサンセットビーチでは、宜野湾高校野球部がサンタの帽子をかぶって半袖でトレーニングする姿が見られた。西平燿(よう)主将は「去年よりも暑く感じる。冬トレはきついけど、みんなで楽しく乗り切りたい」と話した。

 沖縄気象台によると、25日は中国辺りから高気圧が張り出すことで、北から空気が南下しやすく「那覇市内で最高気温が19度まで下がるだろう」としている。
(12/25 沖縄タイムス)

歳末天気予報.jpg





【酔駄言】☁|☀ 16/19℃:00mm:年内は平年並み(15/20℃)で比較的に温暖とのこと

 暖かい元旦の初詣で半袖姿のニュースを見たのが沖縄移住の原点だった。平年並みの温度なら締め切った室内なら+5℃で、陽射しが届く窓際なら温室のように暖かい。それでも最低気温が10℃で最高気温が15℃の時もあり、流石に沖縄でも寒いなぁとと思うこともある。

 以前、常夏はどこだ? と調べたことがあるが、やはりハワイのホノルルだったが、国内では小笠原より沖縄(那覇)だったと記憶している。もう少し南の先島の石垣島だと那覇より2℃ほど熱く、とくに真夏は亜熱帯の湿度で住みにくいと、移住地候補から外した覚えがあるが・・・


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2017年12月24日

書店空白市区町村

書店空白市区町村
沖縄県は長野県に次いでワースト2位

書店のない県.jpg

 書店が1軒もない書店空白市区町村の割合が最も高いのは、長野県で53%になります。一方、香川県は全17市町に書店が存在し、空白自治体が全国で唯一ゼロでした。(このあとは有料読者のみ)(12/19 日経新聞)

沖縄の書店数.jpg







【酔駄言】☀ 19/26℃:0mm:ポカポカ夏日のX'masイブ

 沖縄で書店がないのは離島の村とヤンバル北部の村。流石に那覇市と周辺の通勤圏では需要があって、多くの書店があるものの徒歩圏内では? 壺屋から徒歩20分に2店があるがいまの足では遠い。図書館で月遅れの新刊を見たりするが、やはり都心の大きな書店でないと新刊が立ち読みできない。

 だから、図書館や新聞等の書評で見つけた本をアマゾンで買うが、今年買ったかったのはたったの2冊だけ。佐藤愛子さんの「90歳。なにがめでたい」は、書評で買ったが途中まで読んで投げ出した。やはり図書館で借りたり書店で立ち読みしないと・・・


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2017年12月23日

ヤンバル北部の学校

ヤンバル北部の学校
東村・国頭村立 小・中学校の現状は

 先日来、東村の3中学校統合や、国頭村の小学校の話題を書いてきた。これら2つの村は沖縄本島最北部ヤンバル北部にあり、陸の孤島とも言える僻地で子どもたちの学校生活はいかがなものだろうか;
沖縄北部2村の小中学校
東 村
82ku
1600人
村立学校名 生徒児童数 位 置  中学校からの
距離(Km)
東中学校  32 村役場所在地 -
東小学校 59 0
有銘小学校 29 南西 5.3
高江小学校 10 北東 9.3
国頭村
195ku
4800人
国頭中学校 146 村役場所在地 -
辺土名小学校 141 0.2
奥間小学校 90 西海岸北 1.5
佐手小学校 11 6.5
安田小学校 9 東海岸南 14.3
北国小学校 8 北端 14.6
奥小学校 12 東海岸北 15.4


 ちょっと古い話で恐縮だが  2013年05月01日のブログに書いた、「僻地の5小が合同遠足」には;

 僻地で児童数が少ない国頭村の5小学校が、4/26に合同で遠足授業をした。5校は佐手・奥・北国・安田・安波小学校で、同村安波の環境教育センター「やんばる学びの森」に集いあった。参加したのは5校あわせて49人の児童と41人の教員で、学びの森でゲームや遊歩道の散策で交流した。
(5/1 琉球新聞)

 今回の合同遠足は当番の安波小が企画したという。ボクは地図を見ると道路のルートから、村役場から出発したバスが、佐手小(4人)→北国小(6人)→奥小(11人)→安田小(11人)→安波小(8人)を順に回って、学びの森に行ったのではないかと想像したが、当たっているだろうか…

 なお、村役場地区には辺土名小があるが、こちらは120人を超える児童がいて、単独で遠足授業ができるので参加していないのだろう。それにしても5校で49人なら1校あたり10人未満、そして41人の教員なら1校平均8人となる。

 同紙の4/9日紙面でも、「北国小学校では4年ぶりに入学式が開かれ新1年生が入学した。式には父母や親戚、地域住民ら11人が出席し地域を挙げて祝った」とある。「同校は4月から2年生と4年生の児童2人が新たに転入し、全校児童6人となり9年ぶりに3学級となった」そうだ。(以上は当時の児童数)
国頭小学校.jpg
 地図を見ても分かる通り「学びの森は米軍北部訓練場のど真ん中」、ここは米海兵隊対ゲリラ訓練基地のジャングル訓練場だ。





【酔駄言】☁ 16/21℃:0mm:陽射しこそないけど暖かな一日

 ボクは大阪の下町で生まれ25年間育ったので、郊外へは遠足や行楽の機会にしか行けなかった。大阪にも千早村という村落があるが行ったことはない。結婚をして家庭をもって居を構えたのは、緑のある大阪への通勤圏を選んだのは子供のためだった。

 そこは兵庫県で大阪/兵庫の府県境を流れる川の西、川西市で宝塚の手前になる阪神北地区になる。一応は兵庫県民だが気持ちは大阪県民として45年間住んでいた。兵庫県は瀬戸内海から日本海までと広く郡部や村も多いが、わが子の学校生活は徒歩圏内で郡部での通学は気にしたことはなかった。

 沖縄に移住して県下の地理に関心をいだくようになった。最初は離島に目が行ったが本島にも僻地があると知り、報道を通じて知る機会に注意を払うようになった。最初の関心は地方の祭祀や伝統行事だったが、それらの地理を当たるうち子どもたちの通学が気になりはじめた。

 離島での「15の春」はもちろんのこと、児童/生徒数の少なさによる小/中学校併設校、そして学校の統廃合による通学距離に思いを馳せるようになった。東村の3中学統合や国頭村の広域な中学校への通学は、村営の通学バスや路線バス頼り、または父兄の自家用車の送迎も必須であろうに。・・・


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2017年12月22日

トゥンジー(冬至)

トゥンジー(冬至)
トゥンジービーサはフィーサガタガタ

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 寒い季節になってきたね。沖縄は冬でも寒くないって思われるけど、ノンノン。風がよく通とおるから沖縄も冬は寒むいよ。僕は寒さに強つよい方ほうだけど、気温が15度どぐらいまで下さがったらすりゅよ。

 今日はトゥンジー(冬至)だね。この時期はトゥンジービーサといって特に寒くなるよね。冬至の日には温かいトゥンジージューシー(冬至に食たべる雑炊)を食べて元気を出したいね。
(毎日小学生新聞)





【酔駄言】☀/☁ 13/20℃:0mm:明け方に今冬の最低気温、文字通りトゥンジービーサー

 読者のマーサンドーさんから「明日のネタにしますか(笑)」とコメントをいただいた、『人口増加率全国トップの沖縄、その4割が外国人』をネタにしょうと考えたが、あまり愉快なテーマでないのでや〜めた。グーグルのトップページに冬至の動画があったのでこれにしょ〜と。

 冬至をトゥンジーというのはウチナー訛りで判るが、寒いをビーサーというのはわからないなぁ。関西では寒いことをサブイ→サビィーなぁというが、サビィーが前後ひっくり返ってビーザーになった? まさかとは思うが似た言葉でほんとかも・・・

 それにしても毎小新聞の「フィーサガタガタ」は? ガタガタは判るがフィーサはおーさむーなんやろか? しまくとぅばは文字で書いてあれば半分は想像がつくけど、ウチナー同士の島言葉の会話は100%聞き取れない。ウチナーグチはブログに好んで取り上げてはいるが・・・


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2017年12月21日

東村3校統廃合は?

東村3校統廃合するはずが?
新・東中学校は旧・東中学校?

東村3中学.jpg

 4月に行われた沖縄県の東村立3中学校の統廃合で、東村教育委員会はこれまで、東と有銘、高江の3中学を閉校して新たな東中として開校したと説明していたが、閉校したのは有銘中と高江中のみで、東中は閉校していなかったことが分かった。

 村教委は3月まで、東中への吸収統合ではなく、3校を閉校して新たな東中として4月に開校すると保護者や卒業生に説明。2月と3月には東、有銘、高江の3中学で閉校式も開かれた。

 村教委によると、閉校式を終えた後に教育関係者と協議した結果、東中を閉校させない方針が決まった。しかし、8月以降、学校の評議委員会やPTAに説明するまで、東中の継続は公表されていなかった。

 東中は新しい学校として校歌や校章、校旗、制服を一新した。しかし、閉校していなかったため、来年3月に卒業する3年生は1期生ではなく、70期生になる。村教委の比嘉一之教育長は「東中はいったんセレモニーとして閉校式を開いた。東中は閉校しておらず、歴史は継続する」と話した。手続きや制度の不備はないという。

 一方で、有銘中や高江中の卒業生や保護者に、村教委の姿勢に疑問が広がっている。3年の娘がいる母親は「新しい中学になると思っていた。ちゃんと説明してほしかった」と述べた。息子が東中に通う有銘中出身の父親は「有銘中も歴史があったのに」と憤った。
(12/19 琉球新報)


国頭村.jpg

 昨夜の【酔駄言】に書いた「首里城お水取り」が行われた、辺戸集落を国頭村役場との位置関係を地図に記入した。辺戸のカートマークは共同市場で、スーパーやガソリン/灯油は村役場まで、ずいぶん遠いことが判る。




【酔駄言】☀ 15/19℃:0mm:久しぶりの青空、直射日光は強かった

 国頭村の北東部でアメダスがある奥集落では、12/16℃で那覇より3℃低く薄ら寒かっただろう。もし灯油を切らしたら西南の村役場辺まで買いに行かなくてはならないし、買い出しに行く車のガソリンも切らしたらお手上げだ。そうなれば集落から役場に行く人を見つけて頼まなければ・・・


ラベル:東村 中学校統合
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2017年12月20日

首里城お水取り

首里城お水取り
国頭から首里城へ 琉球王国時代の「お水取り」

お水取り.jpg
大川からくんだ水を供えるため、御嶽まで運ぶ一行、沖縄県国頭村辺戸

 琉球王朝時代、国王の年始儀式に使う若水を献上するための行事、「首里城お水取り」が17日、沖縄県国頭村辺戸で再現された。ノロや役人にふんした一行が大川(ウッカー)で水をくみ、人々の健康長寿や五穀豊穣などを祈願。くまれた水は首里城に向けて出発した。

 一行は神アサギで行事の無事を祈った後、大川へ行き、クバの葉のひしゃくで湧き水をくんでつぼに入れた。その後、シチャラ嶽で万国の安寧などを祈り、祝女殿内で祖先への感謝と、無事届くことを祈った。

 王朝時代は旧暦12月20日に辺戸でくんだ水に加え、元旦にその年の恵方(吉方)で水をくみ、合わせて王に献上していたという。大川の水は今月24日の「美御水(ヌービー)の奉納祭」で、浦添市内の沢岻樋川で取られた水とともに首里城に献上される。
(12/19 沖縄タイムス)







【酔駄言】(☂/)☁ 16/17℃:1mm:ここ数にちのは気温が上がらず沖縄で最も寒い2月はじめより寒かった

 首里城のお水取りが行なわれた国頭村の辺戸は、本島で一番気温が下がる北東端にあり、那覇などの南部よりより常に3℃は低い。11月になると15/20℃を切り暖房温度となる。当地での暖房は灯油に頼っていると思うが、ガソリンともどもスタンドが西海岸の村役場にしかないらしい。

 最寄りのスタンドへは交通事情も悪く国道58号線では辺戸岬経由の大回りになるし、南側も国道22号/県道2号線でもっと大回りになる。もちろんスーパーもコンビニも事情は同じだが、各集落には共同売店があり食料品や日用品はなんとかなっているようだが・・・


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2017年12月19日

CH53整備は大韓航空

CH53整備は大韓航空が請負い
嘉手納基地のF15戦闘機と三沢基地のF16戦闘機の整備も


 米海兵隊のヘリコプターCH53約40機を整備するのは、大韓航空です。同社は2015年5月23日に整備事業者として選定され、契約期間は2020年までの5年間。聯合ニュースによれば、CH53整備の事業規模は500億ウォン(約55億4800万円)台といいますが、その原資は日本国民の血税です。

 大韓航空は、目下、嘉手納基地のF15戦闘機と三沢基地のF16戦闘機の整備事業も請け負っていますが、この整備費を負担するのも日本国民です。

 日本の安保と「空の安全」の一部が、一定の実績があるとはいえ、海外の民間航空会社に委ねられ、経費だけを国民が負担する実情はどうかと思います。

 この件について、ある民間エンジニアは、 「航空機、船舶、プラントのような世界単一市場の事業は、競争入札だと韓国が受注してしまう。韓国企業は赤字でも平気で受注しますからね。そのため、近年続々とその無理が発覚しています。韓国の挙国一致安売り体制は、最終的には納品物の品質に響いてきますから、今回のような事故が起こるのも当然といえば当然です。韓国の最新の高速鉄道KTX湖南線の運行初日である2015年4月2日、先頭車両の整備扉が開きっぱなしになりました。重大事故なので運行を中止すべきところ、あろうことか扉をガムテープで仮留めし、扉をバタバタいわせながら時速200キロでの運行を続けたという、マンガみたいな事故が起こっています」 と語っていました。

 これは「反韓」とか「差別」とかいった、ためにする話ではありません。自国の安全や自国民の生命・財産に、自分たち自身が責任を持てない体制でいいのか、という深刻な問題です。

事故処理だけでなく、政府には米軍に整備体制の再検討を求めるなど抜本的な対策を強く要請したいと思います。

【追記】  ある新聞記者が、大韓航空に問い合わせたところ、「窓枠の整備は契約の対象外である」との返答があったとのことです。

 現段階で契約内容までチェックできませんので、ここではとくに反論しませんが、在日米軍基地の軍用機整備を、日米同盟外の第3国の民間企業が請け負っている事態は少なくとも正常とはいえません。その第3国である韓国の最高首脳は、先頃、中国の最高首脳の求めに応じて「日米韓同盟はありえない」と発言しました。日米同盟に敵対しかねない方針をとる国の企業に日米同盟下で運用される軍用機・装備品整備を任せるのは大問題です。今回の事故を機に、安保上の問題、技術レベル(安全・リスク管理)の問題の二つの観点から、韓国企業への事業委託を全面的に見直すべきでしょう。
(12/14 篠原 章FB投稿)





【酔駄言】☁|☂ 17/18/15℃:3mm:深夜から昼ごろまで1℃しか上がらず夕方には15℃

 非常用脱出窓の固定忘れという人為的なミスで、機体の欠陥ではないし搭乗前の点検を再教育したとのことで、訓練飛行を再開したというは当然と思うが。それなのに県知事/議会や地方自治体首長/議会らは、原因がはっきりし策を講じるまでは、すべての在沖軍用機の飛行をやめろという。

 たしかにケアレスミスで県民の人命に影響がでる可能性はあろうが、連日の過大なキャンキャンぶりにはうんざりするなぁ。米軍基地がなければこの手の事故や事件が起こらないだろうけど、連日の県民が引き起こす事件事故には、県民に出て行けとはいわないだろうに・・・


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2017年12月18日

沖縄のお歳暮事情

沖縄のお歳暮事情
沖縄には正月が3つあり、旧暦の1月1日を盛大に祝う

沖縄歳暮3.jpg    県外向けギフトの横綱「沖縄そば」

 沖縄県民が県外の方に贈るのは少し事情が異なり、沖縄で唯一の百貨店「デパートリウボウ」の売れ筋は沖縄そばやハム。

 そして沖縄にしかないブルーシールアイスクリーム。沖縄そばは「年越しそばとして食べてほしい」と贈る方が多いという。

   お歳暮の定番はお米、ツナ缶!?

 サンエー、リウボウストアとも「一番の売れ筋は『お米』そして、『ツナ缶』」と声をそろる。

 お米はともかくツナ缶は12〜15個入りの箱で売られている。ツナは沖縄の県民食「チャンプルー」に欠かせない。もらって重宝する一品だ。

沖縄歳暮2.jpg

  お歳暮のピークは正月三が日!?

「本土だと12月31日より前に宅配で届けるのが普通だけど、沖縄は正月三が日に持って行くのに驚いた!」。ウチナー嫁」や移住者の1人はまず時期の違いを口にする。

 沖縄でもお歳暮ギフトコーナーが11月末〜12月上旬から設置されるが、沖縄のスーパー「サンエー」の広報担当者は「お歳暮商戦が本格的に始まるのはクリスマスが終わってから。ピークは正月三が日です」。

 同じく沖縄のスーパー「リウボウストア」の広報担当者も「年末に駆け込みで買う方が多いです。重い物だと年始回りに行く前に購入される方も多いです」。

 正月三が日を過ぎても「お歳暮ギフト」を扱っている店舗もあり、売れ残った物をセールで売っているわけではない。それは「旧正月を祝う地域で、沖縄には正月が3つあり旧暦の1月1日を盛大に祝ので、お歳暮ギフトを旧正月まで売っている。

  年が明けて「お歳暮」?

 本来「お歳暮」とは文字通り、お世話になった人たちに、年の暮れに贈る物。年が明けて年始回りに持って行くのは「お年賀」。しかし、沖縄県民が贈り物を持って行く時期は正月三が日が多い。

 それなら当然、商品に貼る「のし」は「お年賀」が多いはず。そんな仮説を立てサンエーに聞いてみた。「のしは『お歳暮』の方が多いです」と意外な一言。もしかして沖縄県民、年が明けても「お歳暮」を持って行ってない?
(12/17 沖縄新報Style=長文記事を編集、記事全文はこちら)





【酔駄言】☁ 15/18℃:0mm:日照0の曇天で薄ら寒く夕方からエアコン暖房ON

 旧正月までお歳暮で新暦の三が日は年始でなく、門中や本家の仏壇前にお歳暮を持っていくという。本家に集まった山のようなお歳暮は門中に等分に分けるそうだ。そして新年は旧暦の正月に新春を祝うというのが沖縄。まぁ、都会ほど少子世帯が多く新暦の1月1日が正月になりつつあるとか


ラベル:歳暮 旧正月
posted by まな兵衛 at 11:21| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする