2018年05月22日

「小満」草木枝葉繁る

「小満」草木枝葉繁る
万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ

小満.jpg

 小満(しょうまん)は二十四節気の第8、暦ではそれが起こる日だが、期間としての意味もあり、この日から次の節気の芒種前日まで。

 沖縄では、次の節気と合わせた小満芒種(すーまんぼーすー)という語が梅雨の意味で使われる。万物が次第に成長して一定の大きさに達して来るころ。『暦便覧』には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されている。

 と、ウィキペディアに書いている。小満の日、昨日の沖縄は久々の梅雨空だったが、今日はからりと晴れ当分は空梅雨が続く。今朝は沖縄のニュースをネットでググったが伝えたいネタがなかった。

 ググっているうちに「小満」に関して充実した記事が見つかった。『小満。何が小さく満ちる?』というタイトルで、tenki.jp のサイトにホシナ コウヤさんという漫画家ライターの文章。ぜひお読みください





【酔駄言】☀ 25/29℃:92/62%:0mm:からりと空梅雨さわやかな一日でもPMはAC

 沖縄ならではの風物を未だに内地人の感性に触れネタを、毎朝TVの沖縄ニュースや現地紙で探している。なかなか内地人の視線で新鮮な話題が報道されない。時折り琴線に触れる地誌の記事があり興味津々と読み、内地の人々にも読んでほしいと転載している次第だ


ラベル:小満 二十四節気
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2018年05月21日

やっと雨が降った

やっと雨が降った
「空梅雨」の沖縄に久しぶりの雨


久しぶりの雨.jpg
どしゃぶりの雨の中、横断歩道を急ぎ足で渡る通勤者=21日午前8時25分、那覇市泉崎

 待ちに待った雨―
 8日の梅雨入り以降、ほとんど雨が降っていなかった沖縄県内は21日午前、久々に雨が降った。沖縄本島地方は13日以降、降水量ゼロミリの「空梅雨」が続いていた。

 沖縄気象台によると、沖縄本島地方は午前7〜8時ごろから降り始めた。午前9時現在、1時間の最大雨量は名護で15ミリ、那覇で12ミリ、読谷で12・5ミリを観測。渡嘉敷島では30・5ミリの激しい雨が降った。

 約1週間ぶりの「お湿り」。同気象台によると、雨は21日の午前中には上がる見込みで、今後も空梅雨は続きそうだ。
(5/21 琉球新報)

梅雨に香るゲットウ きょう「小満」
月桃.jpg
 21日は二十四節気の一つ「小満」。

 沖縄では次の節気の「芒種(ぼうしゅ)」と合わせて「スーマンボースー」と呼ばれ、梅雨の季節を指す。

 20日、沖縄県読谷村座喜味のやちむんの里ではゲットウの花が咲き始め、爽やかな香りがほのかに漂っていた。
(5/21 沖縄タイムス)





【酔駄言】☂/☁ 26/29℃:96/73%:15mm:朝のうちやゝまとまった雨、湿気ムンムンで終日AC。やっと真夏日を脱したけど低温多湿は不快指数UP。「スーマンボースー(小満芒種)」は沖縄の梅雨に重なるが、このところ空梅雨で平年気温より3℃も高い。

 このまま梅雨空が続けば平年並に戻るだろうけど、明日からはまた空梅雨で熱帯夜/真夏日の連続とか。熱中症指数は厳重注意だし紫外線は危険一歩手前で、体温の調整力が衰えた高齢者にとっては厳しい季節だなぁ・・・


 


posted by まな兵衛 at 12:09| 沖縄 ☔| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

戦前の藍壺で藍作り

戦前の藍壺で藍作り
土中から掘り起こし「技術、継承したい」


戦前の藍壺.jpg

 琉球藍の染料のもととなる「泥藍」の精製を自ら手掛ける藍染め作家の池原幹人さん(34)=沖縄県本部町伊豆味=が、戦前に造られたとみられる藍壺を使った昔ながらの製法に取り組み始めている。

 少なくとも50年以上、土中に埋まっていたとみられる三つの藍壺を4月に掘り起こし、夏頃から使い始める予定。

 藍壺はリュウキュウアイの葉と水を混ぜて色素を抽出するために使われる。藍作りが盛んだった伊豆味地域には戦前、多くの藍壺があった。

 今回掘り起こした三つは、伊豆味の山中にある池原さんの藍畑の敷地内にある。県立博物館・美術館学芸員の大湾ゆかりさんは「掘り起こされた藍壺は戦前に造られたものだと思う」と語った。

 畑の土地を探していた池原さんが2016年秋ごろ、土中に埋まる藍壺を見つけ「これを使って藍を作りたい」と、一帯の土地を借りて開墾した。

 三つともおわん型で、草と水が混ざりやすい構造という。それぞれ直径3メートル、深さ1・3〜1・4メートルで、一つで水約4トン分の容量がある。中に詰まった土を掘り出すと、底は漆喰(しっくい)で作られ、壁面にはコンクリートで補修した跡があった。

 池原さんは4月5日、伊豆味の友人2人と劣化した壁面を補修した。土建業の照屋正信さん(56)は「(池原さんは)面白いことをするよね」とエールを送る。池原さんも「地域の先輩たちの協力があってこそ」と感謝する。

 現在3カ所の藍畑を管理しながら、伊豆味の工房で泥藍作りや藍染めを手掛ける池原さん。先人が造り、利用していた藍壺を使う動機は「興味心が一番」と笑う。その一方で、沖縄の伝統産業に関わることに対する決意もにじませる。

 「自分でやって、失敗しながら経験を積む。伝統的なことに関わるからには、ちゃんとした技術を身に付け、継承していきたい」と力強く語った。
(5/15 琉球新報)





【酔駄言】☀/☁ 25/30℃:92/62%:0mm:午後から曇りだし湿度も上がってきてAC、終日の耳鳴り

 沖縄の染色はなんといっても「びんがた(紅型)」で、これほど色彩が鮮やかな染め物は「京友禅」しか(知らない)ない。しかし、陶器の世界でも色鍋島/有田/伊万里に九谷などがあるが、日常使いには「呉須」の地味な器がよい。

 染色も同様に「藍染」が普段着に気軽にはおえる。陶器も和装も主役でなく食材や人間を引き立てる道具だ。双方とも使うTPOを間違えると主客転倒する。ひとり酒には呉須のぐい呑が似合うし、手仕事には藍染の絣が似合う。


ラベル:藍壺 染料 琉球藍
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2018年05月19日

よへなあじさい園

今年もよへなあじさい園



(5/17 RBCテレビ)

     「あじさいばあちゃん」の遺志継ぎ運営

 1万株のあじさいが咲き誇る沖縄県本部町伊豆味の「よへなあじさい園」が今年も開園した。空梅雨気味の天候もあり、現在は5分咲きで、花も小ぶりだが、鮮やかな紫色の花が訪れる人々を楽しませている。

   ■子らが遺志継ぎ運営

 山の斜面いっぱいに映える紫の花々。「あじさいばあちゃん」と親しまれ、4月に100歳で亡くなった饒平名ウトさんが造り上げた「よへなあじさい園」は、饒平名さんの死後も子どもたちが運営を続けている。今年は空梅雨の空模様が続くが、1万株の花は徐々に開花の時を迎え、来場者を待ち構えている。

 饒平名さんは、戦後間もない頃からミカンなどを栽培し生計を立ててきた。約50年前、畑に彩りをと2株のアジサイを植え、接ぎ木をしながら数を増やすと、その美しさから口コミで評判を呼ぶようになった。2001年にあじさい園を開き、外国人観光客も訪れるようになった。

 園では定年を迎えた饒平名さんの子どもたちやその家族が、枝切りや来園者の対応など運営に当たっている。来園者が増える休日などは、孫たちも駐車場整理に立つなど、饒平名さんの遺志を継ごうと一家総出で取り組む。

 沖縄市から通って運営に携わる四女の宮城由利子さん(67)は饒平名さんを「いつもお客さんが花を見る姿を見て喜んでいた」と振り返る。宮城さんは「県外からのリピーターも来るようになった。母の思いを継いで頑張っていきたい」と意気込みを見せた。
(5/18 琉球新報)


  ●あじさい園花づくし(2017/6/12 まな兵衛ブログ)




【酔駄言】☀|☁ 25/30℃:93/63%:0mm:今朝はスッキリ起きたが快晴の昼前に、麦わら帽をかぶって近所のコンビニへ行ったが、またしてもめまい気味でまだ体調が戻っていない。PMから雲が出てきて湿度が上がってきて今日も安楽に・・・
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2018年05月18日

擬熱中症か2日酔か

 今日は通院のためと体調不良でもあり、また読者にお伝えしたい沖縄ネタもないため。ブログの本編はかけませんでした😞


【酔駄言】☀|☁ 25/30℃:90/65%:0mm:日陰を選って倍の時間をかけてやっと病院に

 朝からやゝ頭が重軽く寝冷えか二日酔いか、晩酌/寝酒はいつもどおりなので寝冷えかなぁ。朝ごはんを半分残して玄関を出たら軽いめまい。外はカンカン照りの強烈紫外線で、こらアカンは予約をキャンセルするかタクシー呼ぼか。

 しばらく立ちくらみをしのいで麦藁帽子をかぶり直し日陰を選ってトボトボよろよろ。途中で一休みしたかったがなんとか与儀公園を横切り病院へ。病院はハシカの院内感染を防止するため、玄関が閉まっていて裏手の通用門まで大回り。入院見舞いお断り!

 冷房の効いた内科の受付前でしばらくへたりこんで、体温は36.8で平常だが血圧が144と高い。看護師から体調はいかが? めまいがすんねんと大阪弁。だけど看護師もドクターも熱中症の対応はしてくれず。帰路は薬局でタクシーを呼んでもらった。

 帰宅してからも体調はイマイチで終日リクライニン・チェアーでダラダラ。それでも卵焼きを巻いて缶ビールで晩酌、ただいま室温29℃66%でエアコンなしに扇風機でこの文章を打ちながら寝酒の芋焼酎をチビチビと。今夜は早寝をしょーっと・・・


posted by まな兵衛 at 20:46| 沖縄 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

カルストで山ゆり満開

カルスト山地で山ゆり満開
本部町のカルスト山地周辺でテッポウユリの花が見ごろ



 本部町の山里地区から大堂地区にかけての一帯は日本で唯一の円錐のカルスト地形となっていて、県道115号線沿いにはテッポウユリが植えられています。

 今月上旬からは「山ゆり祭り」が始まっていて、中南部などから多くの花見客が訪れ、そびえ立つカルスト山を眺めながら今が満開を迎えているユリの花を鑑賞しています。

 およそ7年前に地域の人たちが植え付けた球根は今では60万もの花を咲かせ6つのカルスト山とのコラボレーションが癒しの空間を作り出しています。

テッポウユリの鑑賞は今月いっぱい楽しめるということです。
(5/15 QABテレビ)


もとぶカルスト.jpg

もとぶカルスト山.jpg

山里の円錐カルスト
 県道115号線の西側の山里、大堂一帯には、円錐形をした山々がいくつも見られる。これは亜熱帯地域にしかない地形で、今から2億年以上も前に、サンゴ礁からできた石灰岩で円錐カルストという




【酔駄言】☀ 25/31℃:92/66%:0mm:今日もホゝ快晴、晴れは今週末までゝ来週からは梅雨空とか

 本部半島にカルスト地形があるとをはじめて知った。石灰岩の隆起によるらしが、風雨に侵食されず円錐形を保っているらしい。亜熱帯特有の地形というが標高が高いので侵食を免れたのだろうか? こんな貴重な地形が喧伝されていないのはいいことかもしれないなぁ


posted by まな兵衛 at 11:14| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

王朝菓子いとおかし

王朝菓子いとおかし
琉球王朝菓子を再現して後世に伝える


琉球王朝菓子.jpg
筆者が作った花ぼうる(左)と鶏卵糕

 琉球王朝菓子の材料や製法の研究続け50年、再現して後世に伝える 安次富順子(あしとみ・じゅんこ=安次富順子食文化研究所所長)さんが作り方記した書籍出版

 王朝菓子41品を再現し、庶民のお菓子と合わせて昨年、書籍「琉球菓子」(沖縄タイムス社)にまとめた。

 沖縄は1879年に沖縄県になるまで450年間、琉球王国を築いていた。音楽や舞踊、陶器、織物などたくさんの文化遺産を持ち、料理や菓子もそのひとつだ。

 ◆包丁人の子孫と出会う

 祭事や賓客のもてなし用に作られた王朝菓子の研究を始めて50余年になる。材料や製法を探り、姿を消してしまったお菓子や、名前しか残っていない菓子の再現をしている。

 きっかけは1966年、琉球王朝の包丁人(料理人)の子孫、新垣淑扶(しゅくふ)さんと出会ったことだ。当時私は女子栄養大学を卒業して那覇へ戻り、母が主宰する新島料理学院で教師として働いていた。

 59年開設の料理学院では、当初家庭料理を教えていた。ハンバーグや親子丼など、今なら全国で当たり前に作られる料理が沖縄では珍しかった時代。戦争の爪痕も深く、皆学ぶことに飢え、大盛況だった。そんな中、母は県外の料理教室主宰者と交流を重ね、琉球料理の大切さを感じ、これを極めたいとの思いを抱く。

 その一つとして、王朝菓子に目を向けた。教師の中で最若手の私が菓子担当になったのは、職人気質の新垣さんに他の教師が恐れをなしたからかもしれない。確かに指導は厳しく、生地の折り方が良くないと、ぎゅっと握りつぶされることもあった。

 ◆記録する大切さ教わる

   新垣さんから習ったのは卵黄、砂糖、小麦粉をこねた生地をのばして切れ込みを入れ、美しく形を整えた焼き菓子の花ぼうる、かんきつ類を煮つめた桔餅(チッパン)と赤く染めた落花生を飾った、卵黄をたっぷり使う蒸し菓子の鶏卵●(こめへんに羔)(チールンコウ)など8品だ。

 何度も教わるうちに技法を覚えた気になった。だが新垣さんは言った。「君は毎日作るわけではないので、忘れてしまうかもしれない。忘れないように記録しなさい。それを見れば、誰でも作れるようになるだろう」。作り方のみならず、記録する大切さを教わった瞬間だ。私は菓子の形を図にし、特徴を記していった。

 料理学院や沖縄調理師専門学校でも教える傍ら、王朝菓子の研究を続けた。手探りで文献を当たる日々だった。唯一の王朝菓子の手引きともいえる「与那城御殿御菓子并万例帳(よなぐすくうどぅんおかしならびによろずためしちょう)」には113種の名称があったが、記されているのは材料や熱源のみで、作り方が分からない。

 江戸時代の日本や中国、南蛮のお菓子の文献と突き合わせ、作り方を探っていった。同時に、母の知人や王朝筋の古老、菓子職人への聞き取りを重ねた。聞き取りは大きな手掛かりになる一方、迷いも生まれた。

 汀砂(ティーサ)あんはクローブで香り付けしたあんをラード、赤く着色した水、小麦粉をこねた皮で包んでケシをまぶしたお菓子だが、試作品を見せると「舌が真っ赤になるほど赤かった」という人もいれば「ピンク色に近かった」「ケシはついていなかった」など様々な意見が飛び出した。

 94歳になる菓子職人の方の「ころっと転がしてケシをまぶした」という証言を決め手にしたが、諸説はもちろん大事にしたい。聞き取りではうれしい発見も多い。光餅(クンペン)は現在のものと文献では異なる。皮に米粉を、あんに黒ゴマを用いる文献の分量で作り、試食した首里の方から「昔食べたのはこれだった」と言われて感激した。

 ◆作り方記した書籍出版

 中国や日本(薩摩)、南蛮との関わりが深い王朝菓子には、様々な地域の文化が盛り込まれている。だが人々はどこが由来のお菓子とは考えず、風土に合わせて深化させた自分たちのお菓子だと思っていたはずだ。

 その証拠に、中国から琉球王任命の儀式で送り込まれる使節団「冊封使」をもてなした品で、明らかに日本のお菓子と思われるものがある。当時、薩摩との関係は中国には秘密裏。日本のお菓子との認識があれば、そんな危険なことはしない。

 王朝菓子41品を再現し、庶民のお菓子と合わせて昨年、書籍「琉球菓子」(沖縄タイムス社)にまとめた。新垣さん直伝の花ぼうるの作り方も記している。記録があるから今につながり、新たな研究の端緒となる。

 沖縄には戦後様々な料理が入り、伝統的なものが廃れたり、異なるかたちで伝わったりしている。これからも記録を大切に、優雅で歴史ある王朝菓子を伝えていきたい。
(5/15 日経新聞)





【酔駄言】☀ 25/32℃:93/53%:0mm:ついに熱帯夜/真夏日、AMは湿度が低く昼に30℃超えでエアコンON。今日の気温は真夏なみだが、那覇は暑くても風が通る日陰は湿気も少なく涼しい。しかし、日照で下がる湿度は夜間に上がり明け方の最低気温ごろが90%以上に上がる。

 数年前に熱中症で緊急搬送されて以来、加齢もあってめっきり温湿度に過敏になってしまった。それからは夏季にはエアコンに頼るようになり、とくに就寝中の熱帯性湿潤に耐えられず、24時間エアコンを点けっぱなしにしていたが、心配していた電気代は1万円/月以下に収まりホッとしている。



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2018年05月15日

沖縄復帰の日

沖縄復帰の日
アメリカから日本へ「世替わり」そのとき住民は…
新聞で振り返る沖縄復帰の日



アメリカから日本へ.jpg

 沖縄が日本に復帰して15日で45年を迎えた。27年に及ぶ米統治から日本に復帰した住民。しかし、その表情は喜び一色というわけではなかった。軍基地の「本土並み」という望みは叶わず、通貨切り替えに伴う生活不安が重くのしかかる。

 沖縄タイムスは当日1面で「“復帰元年”不安の幕開け」「問題残す基地存続」と伝えた。アメリカから日本へ。当時の新聞を通して沖縄の歴史的1日を振り返る。
(2017/5/15 沖縄タイムス) 
 本文記事と復帰当日の紙面はこちらから

【記事本文中の小見出し一覧】

 ■新生沖縄の第一歩
 ■憲法への思い
 ■日本人の誇り
 ■喜びと不安と
 ■パスポート不要
 ■庶民の混乱
  ・・・





【酔駄言】☀ 24/31℃:89/53%:0mm:今日も快晴、梅雨入り8日で2日7mmしか、真夏日エアコンON

 8/5の終戦後から本土は民主社会に移行し、ボクは新制小学校の第1回生で教科書も新しかった。兄2人は2年間は黒塗りの教科書だったらしい。沖縄の実質的な戦後は日本軍が首里から撤退し、糸満で司令官が腹を切った6/23で「慰霊の日」となっている。

 それから沖縄は長きにわたって米軍の統治下に置かれ、そして46年前にやっと「晴れて日本に復帰」した。心ある県人は復帰を苦難の始まりと認識した(と、いまになっていう)。一般の県人は「晴れて本土並み」に期待しただろうと思う。

 復帰によって遅れていた沖縄を本土並みにしようと、政府は巨額の資金を投じたが県民の生活は未だに改善していなようだ。沖振法を食い物にし潤ったのは一部の政財界であり、国民の税金が県民の生活改善に寄与しなかったのは明らかだ。


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2018年05月14日

キビ先端部から新製品

キビ先端部から新製品
これまではすてられていた、ミネラル豊富な黒糖に


キビ先端部から製品化.jpg
サトウキビの梢頭部と茎部(提供:沖縄県農業研究センター)

 沖縄県農業研究センターは、これまで廃棄されていたサトウキビの梢頭(しょうとう)部(先端部分)を搾った汁を使い、抗酸化成分のポリフェノールを多く含む黒糖の製造に成功した。

 平均的なサトウキビは、梢頭部と茎を全て搾ると約15%は梢頭部汁が出たことから、梢頭部汁を15%、30%混ぜた黒糖を製造。いずれも黒糖が製造できると実証した。

 梢頭部汁には従来の茎だけの汁と比べカリウムは約4倍、カルシウムは約5倍、ポリフェノールは1・6倍ほど多く含まれていた。梢頭部汁を混ぜた有用成分を多く含む黒糖の新たな商品開発につながると期待される。

 製糖業界では、梢頭部が混ざると黒糖は固まりづらく、品質が低下すると言われていた。収穫時に切り落とし、家畜のえさなどに活用してきた。しかし前田上席主任研究員は「不要物」とされてきた梢頭部にミネラルなどを多く含むことを発見し、梢頭部汁入りの黒糖製造に取り組んだ。

 100人への食味アンケート調査では、従来の黒糖と梢頭部汁入り黒糖で好みに大きな差は見られなかった。黒糖を食べた経験が少ない人は3分の2が梢頭部汁入りを好んだ。梢頭部汁入りは従来の黒糖より色は黒く、水分を多く含んで軟らかいこともあった。苦さや塩辛さを感じる人もおり、半数が味の違いを感じた。

 研究で梢頭部汁を「機能性素材としては有望」と結論づけた。前田上席主任研究員は「梢頭部は不要物ではなく、有用なものだった。好みは人それぞれで、味に変化がある方がいい人もいる」と話し、梢頭部を使った新たな商品に期待した。
(5/13 琉球新報)





【酔駄言】☀ 24/30℃:90/65%:0mm:日照100%の雲ひとつない快晴、梅雨入り後1週間というのに真夏日でエアコンON

 5/8のゴーヤーの日に続き5/9は黒糖の日だったが、ゴーヤーも黒砂糖もホンの一口ほどしか食べてない。他にも沖縄産の野菜や料理はほとんど無縁で過ぎしてきた。口にあわないとでもいうか苦手でデパ地下や通販で本土物を手に入れている。

 朝の味噌汁は尾張の八丁味噌に鹿児島の麦味噌を合わせ、三陸の生わかめに伊勢のあおさと瀬戸内の小エビ。香の物は紀州の紀の川着に山本屋の海苔。などなど、沖縄産の食材よりちょっと値が張るが経済的に許容範囲内でチョイスしている。


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2018年05月13日

宮古島の未来ソバ

宮古島の未来を担う
宮古島で注目を集めるある農作物
それは、島の未来にもつながる可能性を秘めている



宮古そば3.png

 可憐で小さな花が畑一面に広がる宮古島城辺地域。これ、なんの花だと思いますか?実はソバの花なんです。ソバの種を撒いたのは2月。畑の主は、島内で蕎麦屋を営む鎌田謙さんです。大阪で生まれ育ち、10年ほど前、母の故郷・宮古島に移住。家族でソバの栽培を始めました。

 鎌田さん「新しい宮古にない農作物ができるかもしれないってことで。あとは地下水保全のためになるんじゃないかと。学生が研究してたんですけど。引き続き、農家でできるんじゃないかなって、やり始めました」

 川がない宮古島では、全ての飲み水を地下水に頼っています。地下水は人々の「命の源」です。しかし1980年代、その地下水が主にサトウキビ栽培で使用される化学肥料で汚染されているという調査結果が発表され、島に大きなショックが広がりました。

 なんとか島の地下水の汚染を食い止めたいと、およそ20年前に研究を始めたのが地元の高校たちと前里和洋先生でした。試行錯誤の中、5年かけて探し当てたのが『ソバ』だったのです。

 前里和洋先生「サトウキビ収穫後、3〜5月に日本ソバを植えれば土壌に溜まった肥料成分を吸収してくれるというのを実験で認めましたので、日本ソバが土壌中の肥料成分を吸収するということで、地下水に流れていく肥料成分が抑えられる」

 ソバは土壌中の化学肥料成分を吸収。人体への影響もなく、さらにサトウキビの収穫後から畑が空く期間で栽培でき、農家の収益増にもつながります。しかし当初は、不安もありました。

 前里和洋先生「北の国で栽培されている作物が亜熱帯地域の宮古島でできるというのは、私も半信半疑どころかダメだと思っていた半面、実際栽培してみると予想に反して相当大量の収量を得られたものですから、『これはいけるんじゃないか』と」

宮古そば1.png

 鎌田さんの畑に撒かれた種は、ぐんぐん成長。1か月後にはたくさんの白い花が咲き、およそ70日後には実がなります。今年は5トン収穫できました。100%宮古島産のソバ粉でソバ打ち開始です。

 鎌田さんの姿をみて、協力してくれる農家も増えてきたといいます。鎌田さん「宮古島のためになるんだったら使ってと(言ってくれる)本当にありがたいです」「かわいた草の香りとか畑の土のにおいとか、そういうのが強いなと思うので、そういうのをもっと出して、宮古島の太陽のエネルギーとか土のパワーとかそういうのをソバに出していきたいなと思っています」
(5/11 QABテレビ) 放映ニュース映像はこちらから





【酔駄言】☀ 23/28℃:93/62%:0mm:快晴、それっ洗濯だぁ! 昨夜は蒸し暑かったので夏ふとんもシーツも洗った

 今日は「母の日」らしいが孤老には関係がない。亡妻は子どもたちからなんかプレゼントを貰ったか知れないが・・・ 実家では西欧由来の記念日はまったくなかった。明治生まれの両親は盆暮れ彼岸にせいぜい端午の節句ぐらいだったなぁ

 母の日はMother's Dayで日本では1931に青山学院の宣教師が祝ったとか、クリスマスやバレンタインデーなどなど欧米の祝祭は、すべて戦後のコマーシャルがセールのネタに使った。それに乗ったのは戦後生まれの世代以降だろうなぁ・・・


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2018年05月12日

青空にセイロンヒギリ

青空にセイロンヒギリ
梅雨一休みの中、青空にくっきりと映えた

セイロンヒギリ.jpg  石垣市新栄町のJAおきなわ八重山支店構内でセイロンヒギリが真っ赤な花を咲かせている。

 8日の梅雨入り後、前線が沖縄地方から遠ざかったため、10日から2日連続の晴天となり、セイロンヒギリの鮮やかな花が青空にくっきりと浮かび上がった。

 セイロンヒギリはジャワやセイロン原産の熱帯花木。同じクマツヅラ科のヒギリを小さくした感じで、70aくらいの高さで開花する。

 花びらが5つに裂け、そり返るように咲く。雌しべが極端に長いのが特徴。

 真っ直ぐ伸びた花茎の先端に咲いた赤い花は行き交う人々の目を引いている。
(5/12 八重山日報)





【酔駄言】☂/☁ 23/28℃:95/79%:1mm:未明からの霧雨が昼前まで、湿気が充満し初エアコン。明日はなんとか晴れ間もある予報だが、週明けからいよいよ本格的な梅雨模様とか。去年もそうだったが熱中症にそなえてエアコン多用の時期になってきた。

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2018年05月11日

クイナを分散飼育

ヤンバルクイナを分散で飼育
5羽 こどもの国動物園へ 病気や災害 リスク回避


クイナ.jpg

 環境省那覇自然環境事務所は国頭村の施設で飼育しているヤンバルクイナ約80羽のうち、最多で5羽を沖縄市の沖縄こどもの国に分散して飼育する方針。

 鳥インフルエンザなどの病気や災害で一度に死滅する危険を分散することが目的。本年度中に沖縄こどもの国で飼育を始める予定で、一般公開も視野に入れている。


←ヤンバルクイナ生態展示学習施設で飼育されているヤンバルクイナのキョンキョン=国頭村安田

 希少種の分散飼育は県内で初めて。県外ではツシマヤマネコを福岡市の動物園に移すなど希少種の分散飼育が取り組まれている。環境省は種の保存法に基づき、2010年からヤンバルクイナの飼育・繁殖を始めた。国頭村内の施設は非公開で、これまでに40羽以上を繁殖させている。

 沖縄こどもの国はこれまでにツル目クイナ科のシロハラクイナ、バンを繁殖させた実績があり、候補に挙がった。那覇自然環境事務所は「絶滅が危惧される希少種のリスクを回避するため、保全策の体制強化に取り組みたい」と意欲を示した。

 2月に開催された環境省や県などでつくるヤンバルクイナワーキンググループの中で沖縄市が受け入れる方針を示した。今後、沖縄市が那覇自然環境事務所に申請書を提出し、審査を受けた上で飼育が始まる。市担当者は「飼育、繁殖技術を確立し、一般公開なども含めて環境省や国頭村など関係機関と密に協議を進めたい」と語った。
(5/11 琉球新報)





【酔駄言】☀ 23/27℃:76/60:0mm:梅雨3日目、朝から快晴だが朝の冷え込みか、風邪気味の微熱でやゝ不調の一日。好天をもたらせた南の高気圧が東に移動しはじめ、大陸から梅雨前線が張り出しはじめたようだ。来週から連日の雨天で気温/湿度が高いらしいから、そろそろエアコンの出番かもしれないなぁ・・・

posted by まな兵衛 at 10:32| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

壺屋ネコで一服

壺屋ネコで一服
壺屋にたむろするネコ

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P1060988.JPG P1060986.jpg
今日はネタがないので壺屋ネコで一服しました(クリックで別窓拡大))

過去ネコのスライドショーはこちらから





【酔駄言】☀ 22/28℃:80/66%:0mm:梅雨入り3日目。昼前後にちょっと雲がでたがおおむね晴れ

 今朝の沖縄メディアは読者に伝えたいネタがなかった。過去の持ちネタには久米三十六姓の続報があったが、私的には興味を掻き立てる記事だが、やゝ政治的な要素を含んでいるので、あんまりブログには書きたくないしなぁ〜と逡巡していて、そうや! 先日、斜め向かいの陶器店の塀にいたネコをパチリしたことを思い出し、ネコの写真でごまかして一服した次第。

 ブログはこのところ毎日なんかをコピペしてでっち上げているが、もう一つの目的は【酔駄言】の個人k情報で、これらの発信で身内への安否情報を発信しているつもり。ブログが数日途絶えたら孤独死の可能性があるので、息子らに119番通報してしてもらえればと思っている。

 移住した8年前に1ヵ月間の仮住まいしたのゲストハウスに、80歳の先住者がいて、その元気さと知識欲/行動力に引きずられて、沖縄のアチラコチラに老々行脚をしたが、彼いわく「沖縄中安住地を探したけど、医療/介護/福利/厚生面で県庁所在地市の那覇に落ち着いた」

 そんて「なんでゲストハウスなんや?」 「そやかていつ何時イザとという時に、スタッフや同宿者が見つけてくれるやろ!」 そうなんや、彼の年齢になれば『いつなんどき』を意識せざるを得ない。

 10才年下のボクはドミトリーの個室とはいえ、共用の台所/バス/トイレ/洗濯場には拒否反応で、早々にワンルームに引っ越ししたが、数年前からの健康 異変で入退院を繰り返し、ドクターから「家族を呼びなさい」といわれたもんだ。

 いまはなんとか健康寿命中だが加齢による不具合が当然ある。しばらく前から緊急時にそなえ「緊急時連絡」・「蘇生処置不要」・「死後処置対応希望」・「後始末手続き情報」などを作成し、PCのデスクトップに貼り付けプリントをデスク周りに貼り付け、同文を財布にもはんみ込んでいる。


ラベル:壺屋 ネコ ねこ
posted by まな兵衛 at 11:15| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月09日

座間味島の旧暦行事

“ケラマブルー”
『ケラマの四季』
座間味島の旧暦行事

自然豊かなケラマ諸島。国立公園にも指定されました
1年を通して四季折々の表情を見せてくれる場所です
その島で伝統の神事が行われた、旧暦の3月3日の1日を追いました

Qプラスリポート(QABテレビ)

島ではシーミーと三月三日の行事が同時に行われるため、故郷に向かう船には人々が大勢乗り込みます

(画像はクリックで別ウィンドウで拡大可能、ニュース動画像はこちらから)


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 座間味は、那覇から西へ40キロ。「ケラマブルー」と呼ばれるどこまでも青い空、青い海
2014年、慶良間諸島は31番目の国立公園に指定されます

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 ウミガメが悠々と泳ぐ透き通った海
日本のサンゴのおよそ6割、250種ものサンゴとそこにすむ生物たち
座間味の海は、生命あふれる海です
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 冬、この海の主役はザトウクジラ
この海で子どもを生み、育てます
ここは、クジラたちの故郷
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 初夏、満月の夜、海がピンク色に染まります
サンゴの産卵です
生まれたばかりのサンゴが潮に乗り、各地へ広がっていくのです
満月の夜の神秘
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 島で宿を営む浜田さんはこの日、娘のひとみさんと三月御重(サンガチウジュー)作りで大忙し。宿を継ぐ孫娘は島へ戻り、今年、久しぶりの参加です

 上原梨乃さん「やっぱりすごい行事ですよね。これとかもおばあちゃんから習って、私とかでできるようにしたいです」
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 午前中は島人総出でシーミー。よく晴れた太陽のもと祖先に手を合わせます

島で唯一のスーパーもお弁当屋さんも商店もすべて午後からはお休み。これも島ならではの光景です

周囲23キロの座間味島は祈りの島。無数のお宮が点在します
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 この歌は御嶽登りという神事の中で歌われた祈りの歌。1976年、特別に許可され、録音された貴重な音源で、家族の無病息災や五穀豊穣を祈ります
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 午後1時。浜田さんは家族と共に嘉比島へ。浜田家の娘・ひとみさんのご主人が操船する第5えびす丸は父の代から引き継いだ由緒ある船。

 この島に祈りを捧げることを受け継いだ浜田さんは、嘉比島に今日の日を祝う旗を立て、浜の拝所にお重を備えます
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 浜田サチ子さん「(Q:何を祈る?)そうですね健康。いつも感謝。食べ物に感謝」

 琉球王国時代から続いてきた神事。今、各地で後継者不足が問題となっていますが、座間味島では今に続いています
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 梨乃さん・ひとみさん「大変そうだけどやらないといけないかな、という感じで」
「そうですよ!代々つないでいかなきゃね」

 午後4時。神事のクライマックスが始まります
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 3つの島からそれぞれの神がひとつの海域を目指して集まる「流れ舟」
海上では太鼓や三線が打ち鳴らされ船団が作られます
そして海上では神を乗せた三艘の船が互いに連結して舟を走らせる「走い並び」が始まります
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 走い並びで神人たちは互いに酌を取り交わし、海の幸を祈ります

 いよいよ座間味の港へ。神を乗せた3艘の舟と後に続く30以上の舟が座間味の港を回り、人々と賑やかに歌と踊りと太鼓を交わします
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 座間味に伝わる大昔からの神事流り舟走い並び

 夕方から夜にかけては、島のお宮では厳かに流れ舟の無事終了が報告されました

 ケラマの島々に残る遥か昔からの神事。島ではきょうも人々の健やかな健康と五穀豊穣の祈りが続けられています





【酔駄言】☁/☀(/☁) 23/26℃:84/62%:0mm:梅雨2日目なのに朝から晴れはじめ午後は快晴

 本文のケラマ座間味島は、ニュース映像がフラッシュ動画だったので、ブログに貼り付けられずニュース記事の静止画とテキストをコピペした。あらためてニュースの映像を視るとやはり動画が抜群いよい。記事では動画を13枚の静止画にしていたが、やはり連続した動画でしか視られないシーンがよい。このブログを閲覧していただいた方は、ぜひ動画をご覧になることをおすすめしたい。


posted by まな兵衛 at 12:53| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

重文「中村家」でヤマモモ

重文「中村家」でヤマモモ
今年は「やや小粒」


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 北中城村大城区の国指定重要文化財中村家住宅の屋敷内に「ヤマモモ」(ヤマモモ科)がたわわに実り、赤、赤紫に熟している。

 同家の中村・ヒューバー和恵さん(51)によると「幼少の頃から木があったので樹齢は分からない」という。

 野鳥が枝から枝へと移り、実をついばんでいた。

 方言でムム、ミジムムと呼ばれ、かつて中城村の南上原一帯の野山では数多く見られた。

 シーズンになるとグミ、野イチゴとともに子どもたちのおやつだったが、近年は宅地造成などで自生のヤマモモはほとんど見られなくなった。

 同家の土産品店の従業員は「昨年は大粒でかごいっぱい収穫し、泡盛に漬けてモモ酒を造った。今年はやや小粒。樹勢が弱ったのかな。高さもかなりあるので、剪定(せんてい)しなくちゃ」と話していた。(5/6 沖縄タイムス)





【酔駄言】☁/☂ 23/28℃:94/83%:7mm:梅雨入り、先島の多良間島では1時間に72mm、那覇は大したことはなく数日は曇天とか。沖縄の梅雨はザッと降ってチョコッと晴れるドライ型で、本土のように数日にわたってシトシトピッチャンのような風情はない。

 去年のブログ【酔駄言】に自分用にメモった気象を、梅雨入りから明けるまでをヒマにあかせて読んでみたら、1両日の周期で降ったり止んだり晴れたりとメリハリがある。降るときは1日で200mm以上の日もあったが、晴れ間の中休みもチョコチョコとあり洗濯には困らなかった。

 これは亜熱帯の沖縄に特有な気象かも知れない。なにしろ紫外線量が本土の2倍以上で脳天を射すような強烈さで、ウチナーは海では決して裸で泳がない。先ごろから沖縄の海開きニュースを書いているが、画像/映像では子どもたちはみ〜んなTシャツ姿で絵にならない。

 わが築13年の安ワンルームは風呂がなくシャワーだけで、洗濯機はベランダに置き場がありコンセントや水栓/排水孔もある。ベランダに直射する紫外線は強烈で、排水ホースや電源ボタンが熱硬化しボロボロになってしまった。近々に買い換えするにも予算が・・・


posted by まな兵衛 at 11:34| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月07日

オオゴマダラ観察

オオゴマダラ観察
きらきら黄金のサナギ 多良間小学校


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多良間小オオゴマダラ2.jpg

 多良間小学校の校内に植えられたホウライカガミで、国内最大級のチョウ・オオゴマダラが金色のサナギ(蛹)になっている。

 5年前に移植したホウライカガミは古い給水タンクを覆うほど繁茂しており、 児童たちは金属のような光沢を持つ黄金色の蛹を観察している。

 チョウの幼虫は食べる植物がほぼ決まっており、オオゴマダラはキョウチクトウ科のつる草ホウライカガミを食草としている。

 以前、赴任していた同村出身の本村三男教諭が植えたもので、児童や隣接する多良間幼稚園の園児たちが毎朝登校後や休み時間、放課後などに観察している。

 理科担当の建川雅昭教諭は 「3年生では主にモンシロチョウの観察をしているが、育ち方が同じオオゴマダラも観察中。児童たちは金色に輝く蛹を見ると歓声を上げながらキラキラした目で観察している」という。

 放課後に観察していた嘉手苅一葉さん (5年) は 「初めてオオゴマダラの蛹を見た。 他のチョウと違って金色なのですごい」 と驚いていた。

 移植の理由について本村教諭 (現羽地小)は 「多良間島には色んな種類のチョウがたくさんいるが、公共的な場所にホウライカガミを植えていたのは民俗資料館だけで、昔からあった給水タンクは無機質で雑草が生えていたのできれいにして、 オオゴマダラもみんなに知ってもらおうとホウライカガミを7本植えた」と説明し、「当時の児童たちが毎日水やりをしてくれた。今も根付いていることを聞いて嬉しく思う。今年はオオゴマダラも来ているのでとても嬉しい」と話した。

 オオゴマダラは沖縄・先島諸島や東南アジアなどに分布し、白地に黒い斑紋があり前羽根の長さは約7a。羽根の面積が広くゆったりと飛ぶせいかその大きさが目立つ。幼虫は黒く白い縞と赤い斑点模様で、頭と尾に角を持っている。
(5/6 宮古新報)





【酔駄言】☀(/☁) 23/28℃:0mm:明日は強い雷雨とか、奄美が梅雨入りしたので沖縄も明日から梅雨入りか? 奄美が沖縄より先に梅雨入りするのは10数年ぶりとからしいが、フィリピン沖の高気圧が頑張っていて梅雨前線が南下しにくく、この先10日間の予報は☀マークが多い

posted by まな兵衛 at 11:11| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

カワイイ琉球張り子

カワイイ琉球張り子
伝統もカワイイも!「必然性」から生まれた


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琉球張り子作家の豊永盛人さんはオリジナルと古典的な琉球張り子を制作している。
写真の「鯉乗り童子」は、ピンク色が古典的な張り子で、黒色は豊永さんが創作したもの

 琉球王国時代から作られていた琉球張り子。かつて旧暦5月4日「ユッカヌヒー」に開かれた玩具市で売られていた人気のおもちゃだ。明治時代以降、手作りの張り子は衰退した。途絶えかけたその伝統を受け継いでいる数少ない作家の一人が、豊永盛人さん。伝統の張り子を追求しつつ、オリジナルの作品も生み出している。

 桜坂通りの路地裏にあるショップ「玩具ロードワークス」。「チンチン馬小(馬乗り)」「ウッチリクブサー(起き上がり小法師)」などの古典的な琉球張り子から、「鳩パン」「おにぎりスズメ」などユニークな発想から生まれたオリジナルの作品がそろう。

 この琉球張り子を作っているのが同店のオーナーで琉球張り子作家の豊永盛人さん。張り子を作り始めて17年がたつ。「琉球張り子も好きで集めていたが、学生の頃は張り子を作りたいとか、作ることになるとは思ってもいなかった」と振り返る。

          ●手探りで技法を復元

 県立芸術大学で彫刻を学んでいた豊永さん。約1年間休学してアメリカに遊学したとき美術館で目にしたアフリカの彫刻に衝撃を受けた。「全く無名の人が作ったものなのに、見る者をこんなにしびれさせる。そういうものはどうして生まれてきたのかを考えたときに、『必然性』が大事だと思った」

 必然性──。それはその土地や環境から生まれてくる自然な形。そこにある素材や道具、アイデアで生まれてくる形に感動のもとがあると感じた。転機は大学卒業前後。友人から張り子を作ってみないかと誘われた。「誰かに求められているというのも必然性なのでは」とチャレンジを決意。独学で作り始めた。

 それからは手探りの日々。 実物を見たくても、琉球張り子は戦火で焼けてしまい県内にはほとんど残っていなかった。県外の民芸館や博物館、美術館…。古い琉球張り子が所蔵されているところを訪れ、調査を重ねた。江戸時代から代々受け継がれてきた三春張り子を作っている福島県の職人のもとにも足を運び、実際に張り子作りを目にした。

          ●いいものは残っていく

 琉球張り子作家は数少ないが「プレッシャーは感じない」と言い切る。好きなことをやって、いいものを作りたいだけという豊永さん。「いいものが残れば、大事にしてくれる人が出ると思うし、感動してやりたいという人がいずれ出てくるかもしれない。今の自分にそういうものが作れているか分かりませんが」と話す。

 現在、豊永さんの作る張り子は県内外で多くの人の心をつかんでいる。制作に追われる日々を過ごしているが「作りたいものはいろいろある」と探求心は尽きない。アメリカで豊永さんが見たアフリカの彫刻のように、この土地で必然性を形にしている豊永さん。今後どんなユニークな作品が作り出されるのか楽しみだ。
(5/3 琉球新報Style)





【酔駄言】☀ 22/28℃:0mm:GW最終日はぼヾ快晴も晴れは明日までのち雨曇天、そろそろ平年では梅雨入りの時節だが来週末は晴れの予報。今年はフィリピン東方の高気圧が頑張っていて空梅雨の予想とか。GWも毎日が日曜日の当方にとっては毎日が平日。

世間がGWであろうと独老にとっては関係なしで、いつもどおりの生活サイクルの繰り返し。昔の勤め人時代は連休には敏感だったが、逆に行楽地の混雑を避け休みをずらしていた。そのほうが汽車も道路も空いていて旅館も安く泊まれたなぁ。


posted by まな兵衛 at 11:23| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月05日

子ども人口 最少更新

子ども人口 最少更新
子どもの人口、37年連続減=1553万人で最少更新
子どもの割合が最も高いのは沖縄の17.1%



こどもの割合.jpg
 総務省が「こどもの日」に合わせて4日発表した15歳未満の子どもの推計人口(4月1日現在)は、前年より17万人少ない1553万人で、1982年から37年連続の減少となった。比較可能な50年以降の統計で、過去最少を更新。都道府県で子どもの人口が増えたのは東京のみで、少子化に歯止めがかかっていない状況が改めて浮き彫りとなった。

 内訳は男子が795万人、女子が758万人。総人口に占める子どもの割合は前年比0.1ポイント減の12.3%で、75年から44年連続で低下した。3歳ごとの年齢区分では、12〜14歳が326万人で最も多く、9〜11歳が323万人、6〜8歳が313万人、3〜5歳が298万人、0〜2歳が293万人。年齢が低いほど数が少ない。

 都道府県別の子どもの人口(2017年10月1日現在)をみると、東京が前年比7000人増の154万2000人。この他100万人を超えたのは神奈川、愛知、大阪の3府県だった。人口に占める子どもの割合が最も高いのは沖縄の17.1%で、次いで滋賀14.1%、佐賀13.7%。最も低いのは秋田10.1%で、青森11.0%、北海道11.1%と続いた。
(5/4 時事通信)
こども人口比率.gif





【酔駄言】☁/☀ 19/26℃:0mm:今日はリッカァー(立夏)というのに、明け方は夏布団では少し涼しかった

 さっきまでBSでウルトラマン誕生秘話をやっていた。モノクロのウルトラマンQに続くカラーのウルトラマン・シリーズは昭和41年の夏から始まった。S41年の今日はわが結婚記念日で、新居には嫁入り道具としてカラーテレビが持ち込まれていた。

 当時はテレビCMのテロップ制作スタジオに努めていて、ディクターとして200時間超/月のスタジオ務め。だから毎々日終電の午前様でウルトラマンはほとんど見ていない。テロップ・スタジオはCMのカラー化に乗り遅れ間もなく倒産したが・・・


posted by まな兵衛 at 11:05| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月04日

110番 那覇署全国一

110番通報は那覇署全国一
昨年も全国一、11年連続 新宿上回る

110番1番.jpg
 2017年に沖縄県警那覇署が対応した110番は、いたずらや無言電話などを除く4万7722件(前年比145件増)だったことが3日までに県警のまとめで分かった。

 国内最大の繁華街の新宿区歌舞伎町を管轄する警視庁新宿署の約4万3千件を上回り、11年連続で1位となった。

 県警全体では16万4795件(同22件減)で、那覇署が約3割を占めた。通報の内訳は、交通関係が1万1747件(24・6%)で最も多く、続いて免許更新や道を尋ねる緊急性のない各種照会が9103件、要望・苦情・相談が7366件だった。

 路上寝などの泥酔者に関する通報は6095件で4番目に多く、全体の12・8%を占めた。泥酔者の通報は夏に集中している。那覇署は110番が多い理由を「観光客の増加や交通量の多さのほか、松山や栄町など繁華街を管轄しているため」と分析している。

 県警全体の受理内訳は交通関係が5万707件(30・8%)で那覇署と同様最多だった。月別では、夏休みで観光シーズンの7〜9月の通報が多く、曜日別では行楽客の多い土日に集中している。

 時間別では、午後4〜6時が最も多い。携帯電話やスマートフォンからの発信が8割を占め、いたずらや無言電話などは2万6544件あった。県警は緊急を要しない通報は、警察安全相談の「#9110」を使うなど、適正利用を呼び掛ける。
(5/3 琉球新報)





【酔駄言】☀ 18/26℃:0mm:後GW2日目は快晴、朝の生ゴミは3/12と少なかった。みなさん連休でお出かけのようで、向かえのマンションも駐車場が空っぽ。やはりGWとあってやちむん通りは普段より人通りが多かった。地元の人はどこにでかけたのやら?

 壺屋(那覇)の住民構成は地元のなはんちゅが半分ぐらい、県下からの移住者が4割で県外移住者が1割と勝手に推測している。壺屋はとくに数代にわたる陶工の家系が多いが、10余のマンションは県内/県外からの住民だろうなぁ


ラベル:那覇署 110番 110
posted by まな兵衛 at 11:28| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月03日

国際通 地元客評価は?

国際通り 地元客の評価は?
国際通りの満足度4割、地元客の集客に課題


国際通りアンケ.jpg

 国際通り商店街振興組合が県内地元客と国内観光客、外国人観光客の3者に実施したアンケートの調査の結果、国際通りの満足度については国内観光客の8割と外国人観光客の9割が「大変満足」か「満足」を選んだのに対し、地元客は4割にとどまった。アンケートからは地元客の集客に課題があることが浮き彫りになった。

 国際通りの満足度について、地元客で最も満足度が高かったのが商店街の雰囲気(35・1%)だった。国内観光客では本土とは違う文化を味わえることへの満足度が59・6%と最も高かった。海外観光客では街並の雰囲気に満足している人が63・3%と最も多かった。

 一方、不満な点について、地元客は駐車場に不便を感じている人の割合が最も多く68・4%、国内観光客は公衆トイレの数が不満とした割合が29・8%で最も多かった。外国人観光客ではごみ箱の数が不満だとした声が25%で最も多かった。

 活性化に必要なものとして、地元客と国内観光客は「イベント開催」を挙げる割合が最も高く、海外観光客は「Wi―Fiの充実」を挙げた人が多かった。来街者の交通手段は地元客の7割、国内観光客、外国人観光客の8割が公共交通利用と徒歩だった。
(5/1 琉球新報)





【酔駄言】☂(/☁) 17/24℃:6mm:終日の霧雨でうすら寒く窓を締切り

 先日も酔っぱらいのたわ言に書いたけど、国際通りの約7割は県外/外国からの観光客。移住した当初はちょっとエキゾチックな繁華街だったけど、いまは慣れちゃって本土とナ〜ンにも変われへん。ちょっとだけ違うんはシーサーがあったり、観光客目当ての沖縄土産の店が多いことぐらい。

 ただでさえせまい歩道にはみ出した商品棚を避けて、混雑する歩道の人通りはまっすぐには歩かれへん。もはや国際通りは地元民のための繁華街やないけどたまには行く。というのんは沖縄でたった一つのデパート「りゅうぼう」があるからしょーがない。

 唯一のデパートへ行くわけは2つあってデパ地下と展示会しかない。デパ地下は本土の食品がここでしか売ってないし、展示会場は市立歴史博物館とギャラリー。どちらもエスカレーターで各売り場をチラ見て、本土のデパートの雰囲気を味わう機会ですわ。

 歴史博物館の企画展は琉球史の貴重な展示があり欠かせないし、ギャラリーでは月に一度は壺屋焼陶工の作品展がある。これらの催しに気が向いたときにいって、ついでに各階を斜め歩きして、地下の食料品売り場に行くんが楽しみの息抜きやなぁ・・・


ラベル:国際通り
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2018年05月02日

石垣でイジュの花が

石垣島でイジュの花が見ごろ
八重山地方でイジュが咲くと梅雨入りが近いと


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 八重山地方で、花が咲くと梅雨入りが近いとされている、「イジュ」の花が石垣島で見ごろを迎え、白い清楚な花が野山を彩っています。

 「イジュ」は、ヒマラヤから東南アジアにかけて広く分布し、国内では沖縄と奄美諸島で見られ、直径が5センチほどのウメに似た白い花びらと、黄色の雄しべの色合いの美しさが特徴です。

 石垣市大嵩地区の野山では、先月半ばごろから花が咲き始め、いま見ごろを迎え、山肌を白く彩っています。花のまわりを、アゲハチョウやタテハチョウ、ハチなどが蜜を求めて飛び交っていました。

 八重山地方では、イジュの花が咲くと梅雨入りが近いとされていて、地元の住民によりますと、花は今月終わり頃まで楽しめそうだということです。
(5/2 NHK沖縄)





【酔駄言】☀(//☂) 24/29℃:6mm:ほヾ快晴だったが午後から徐々に湿度が90%台で湿気てきた

 イジュ(伊集) は常緑のツバキ科で南西諸島の固有種。その花はほのかな香りを漂わせ詩に詠まれるほど美しい花で、オモロ草紙や琉歌に謳われ古典三線の調べによく登場する。この花が咲く頃はうりずん末期の穀雨から立夏で、亜熱帯の沖縄では梅雨が近いころだという


posted by まな兵衛 at 11:06| 沖縄 ☀| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

多良間スツウプナカ

多良間村「スツウプナカ」始まる
多良間島の伝統祭祀 「スツウプナカ」


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 多良間村の伝統祭祀 「スツウプナカ」 が30日、 村内4つの祭場で始まった。

 男性を中心に役割を分担し、 海で獲った魚で祭事や歓待の料理を作り、 深夜には 「暁の願い」 が行われた。

 初日は 「神の日」 として豊年祈願の祭事が行われ、 きょう 「人の日」 は各祭場に賓客を招いて祝宴が催される。
スツウプナカ2.jpg

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 祭りはナガシガー、 フダヤー、 パイジュニ、 アレーキの4つの祭場に分かれて行われる。 魚を獲るイム (海人) 座、 料理を作るクバン座、 御酒を仕込むブシャ座、 予算等を担当するカンジン座などで分担し、 伝統に則って取り組まれる。

 このうちパイジュニの北海人座では午前10時過ぎには追い込み漁を終え、 普天間港でイラブチャやミーバイ、 ツバメウオなどを水揚げ。 漁は24日から行われ、 これまでに約400`と十分な量が獲れているという。 座長の伊良皆博さん (53) は 「今年は天気が良く季節的にもまだ夏に入っていないため近年稀な大漁だった。 自分たちの役割を果たせたのでホッとしている」 と表情を緩めた。

  自分たちの役割を果たせたのでホッとしている」 と表情を緩めた。  魚はクバン座に運ばれ、 刺身やカマボコ、 揚げ物などに調理される。 神の供物になる魚は祝宴用とは分けられ、 扱う人や調理場、 道具なども区別する。

  フダヤーのクバン座で供物の刺身を担当するウブボウチャの東風平雄治さん (55) は、 この役割を任されて3年目。 先代の西平幸夫さん (65) を数年手伝った後に後継者となった。

 海人座が供物用に選んだ魚を東風平さんは専用の包丁で慎重に手際よくさばき、 傍らでは西平さんがマーニで扇ぎながら見守っていた。 東風平さんは 「豊年やみんなの健康への願いを込めてさばいている。 あすまで準備は大変だが、 今年は大漁なので料理もやりやすい」 と話していた。
(5/1 宮古新報) 写真はすべて琉球新報(2015)より

●おすすめ: 多良間島「スツウプナカ」のニュース動画(2015 琉球新報)





【酔駄言】☀|☁ 23/28℃:0mm:五月皐月初、目に青葉の新緑の季節で間もなくリッカー(立夏)。5月5日の立夏はこどもの日でもあり那覇ハーリーの日。そして私事ながらわが結婚記念日でもある。家内が生きていれば52回目だが36回目を迎えずに逝ってしまった。いま、過ごしやすい沖縄に独り住まい、ともに暮らせていれば・・・

posted by まな兵衛 at 12:17| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月30日

カツオのぼり

カツオのぼり
初夏の風物詩 カツオ漁の町・本部の空に

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 カツオ漁で知られる沖縄県本部町渡久地で26日、「カツオのぼり」が揚げられた。町商工会青年部OB会(外間英治会長)がカツオの町をPRしようと企画し今年で17回目。5月中旬まで掲揚される。

 50匹のカツオのぼりが気持ちよさそうに泳ぎ、町民や観光客らの絶好の撮影スポットとなっている。外間会長は「初夏の風物詩として定着してきた。カツオの季節になったと感じて、本部にカツオを食べに来てほしい」とPRした。
(4/28 沖縄タイムス)





【酔駄言】☀ 21/28℃:0mm:4月卯月尽、今日は旧暦3月15日で「サンガヮチウマチー」

 三月ウマチーは3月の御祀りで「麦大祭」ともいわれる収穫祭。御祀りが訛ってウマチーだろうなぁとググったらやっぱりそうやった。琉球なまりのしまくとぅば(島言葉)は「オをウ」・「リをイ」となるので、例えば「首里はシュイ」で主殿前の「御庭はウナー」となるんやて・・・


posted by まな兵衛 at 11:28| 沖縄 ☁| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月29日

観光客 過去最高

観光客 過去最高
17年度の沖縄観光客、9%増957万人


 沖縄県が25日発表した2017年度の入域観光客数は前年度比9.2%増の957万9000人となり、5年連続で過去最高を更新した。

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 外国客は26.4%増の269万2000人で10年続けて過去最高を更新。新規就航や増便により航空路線が拡充し、クルーズ船の寄港回数も夏場を中心に大幅に増加した。

 国・地域別では台湾が24.7%増の81万3000人と最多。54万6000人の中国、54万4800人の韓国が続いた。
 国内客は3.7%増の688万7000人となり、過去最高を5年連続で更新。航空路線の拡充に加え、東京、関西、名古屋から離島への直行便が好調だった。

首里城公園と海洋博の入園者が過去最高

 沖縄総合事務局は26日、本部町の海洋博公園の2017年度入園者数が、前年度比2・3%増の500万1709人で6年連続過去最高になったと発表した。

 那覇市の首里城公園も4・7%増の285万7390人で歴代1位となった。両園を合わせた国営沖縄記念公園全体では3・2%増の785万9099人で、5年連続過去最高を更新したと発表した。

 主要施設の入館者数は沖縄美ら海水族館が4・3%増の378万4132人で4年連続過去最高となった。首里城(有料区域)は3・3%減の181万4041人と歴代6位だった。
(4/29 沖縄タイムス)





【酔駄言】☁ 19/26℃:0mm:時折り陽がさすが終日どんより

 去年(17年度)に沖縄へ来た人が約958万人というから、県民144万人の約7倍近い人々が押しかけたことになる。ということは買い物にでかけた国際通りの人混みの約7割が観光客で、彼らは那覇市民の台所である市場通りにも流れ込み、もはやウチナーは国際通りや牧志市場には行かなくなった。


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2018年04月28日

2万7千年前の旧石器人

2万7千年前の旧石器人
石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡の旧石器人復元


こちらの顔、少しワイルドですが
ひょっとしたら皆さんの周りにいる方に
似ているという声もあるかもしれません?




(4/27 RBCテレビ)

2万7千年前の男性の顔はどんな顔?
石垣島白保の旧石器人
復顔が完成 東京の国立科学博物館で展示

 石垣島の白保竿根田原(さおねたばる)洞穴遺跡で見つかった旧石器人の頭骨から顔を復元する作業がこのほど完了し、20日午前9時半に沖縄県立埋蔵文化財センターで発表された。復顔模型の現物は20日に東京・上野の国立科学博物館で始まった「沖縄の旧石器時代が熱い!」展で公開されている。

 同遺跡では2012〜2016年に行われた調査で千点以上の旧石器人の骨が見つかり、「国内初の旧石器時代の墓地」「国内最古の全身骨格」として注目された。昨年5月に県立埋蔵文化財センターで展示され、多くの見学者を集めた。

 これらの骨について頭骨の3次元デジタル復元の研究が進められ、その中で最も古い2万7千年前の頭骨に、筋肉、皮膚、髪の毛などを科学的に検討して生前の顔をよみがえらせた。

 県立埋蔵文化財センターでは、3次元デジタル復元したアクリル系硬質樹脂製の頭骨模型の現物と復顔した模型の写真を20日から5月27日まで展示する。
(4/20 琉球新報)





【酔駄言】☀ 19/25℃:0mm:今日も快晴で洗濯ものを無理やりかき集め連日の洗濯

 2万7千年前の旧石器時代から人類の生活は、日進月歩で進化(といえるか?)し続けているが、ヒトはそんなに変わっていないようだなぁ。復元された旧石器時代の顔は現在でも居そうな風貌だ。まぁ、街中でこのての顔を見ると目立つだろうが・・・


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2018年04月27日

(旧)孔子廟探訪アルバム

(旧)孔子廟
若狭の波の上宮近辺
 
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波上宮/護国寺から下ってくると赤瓦屋根が見えてきた
 2013年位移転した現在の孔子廟は松山公園の福州園に隣接しており、旧孔子廟は波上宮の近くに現存している。
 17世紀初頭より久米三十六姓の人々によって儒教の祭典が行われていて、以来、教育機関の明倫堂とともに戦前までその威容を誇っていた。
 しかし1945年の沖縄戦で焼失し、1975年になり、波上宮に程近い天尊廟跡地に、天尊廟とともに再建された。

 以下の画像は2012年に探訪時のもの(クリックで拡大)
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表に廻ると朱塗りで赤瓦の立派な門構えがあった
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脇の門から覗くと正面に拝殿らしき建物が見える
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門の脇に石版の案内碑が掲げてある
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左の掖門横に「孔子廟」の大きな石碑があった
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境内には孔子廟の大成殿や明倫堂/天尊廟/天妃宮など
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建物の配置図では正面が孔子廟の大成殿らしい
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左から天尊廟/天妃宮/大成殿と並んでいる
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正面の大成殿がいわゆる孔子廟
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天妃宮前にお参りらしい人影が見える
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ちょっと失礼してアップで撮らしてもらった
 
 大成殿は至聖廟(孔子廟)の本殿。孔子と、高弟の顔子、曾子、子思子、孟子を祀っている  「天妃」は、中国に実在し、航海の女神として信仰を集めた女性、媽祖(まそ)に与えられた称号





【酔駄言】☀ 19/25℃:0mm:日照100%の快晴、暑くもなし寒くもなしのオキナワンうりずん

 本文の孔子廟アルバムは文章がわずかなのに、久米三十六姓に関わる史実をググりまくった。クニンダのことをほとんど知らない段階で孔子廟を探訪したが、その後に徐々に知る機会が増え琉球/沖縄は、彼らの文化が抜き難いほどに浸透したようだ

 しかるに琉球王府は彼らの知識を最大限に吸収しつつ、決して王族の領域を侵されないように死守した。徳川幕府のごとく尚氏王権を王族で固め、王族外の琉球士族はもちろんのこと、久米士族もウェーカタ(親方)以上には着けなかった。

 しかし、維新後の沖縄は士族優遇政策を経て、やがて商才に長けた唐栄(クニンダ)が政経に隠然と浸透しはじめた。もともと久米三十六姓も中国からの恩賞でなく、流れ着いた華僑の集団だったという説もある。今の沖縄は彼らの末裔が牛耳っているかにみえるが・・・


ラベル:孔子廟
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2018年04月26日

沖縄に打ち込まれた“楔 ”

孔子廟差し戻し審の意義は
地縁血縁社会・沖縄に打ち込まれた“楔 ”


P1030993.JPG 若狭に今もある久米至聖廟「孔子廟」
【篠原 章(批評.COM)】 那覇市の松山公園にある久米至聖廟(しせいびょう)(孔子廟)で那覇市全面敗訴となった孔子廟差し戻し審。

 私はこの判決には法的な評価はともかく、「地縁血縁」に根ざした沖縄の社会構造と政治構造に対して、一定の楔(くさび)を打ち込んだところに社会的意義があると考えている。
 問題は、儒教的な価値観に基づく宗教的血族団体として沖縄でもっとも有力な久米崇聖会に対して、那覇市という地方公共団体(地方自治体)が「忖度」したことに端を発している。その忖度が不法に行われれれば「公共性」を損なうものとなることは明らかである。

 まして市民・県民・国民の納めた税を原資とする事業に関連して不法行為が行われ、公有財産の価値も毀損している以上、那覇市など沖縄県の行政は、血縁団体の政治的要請や政治的圧力に対して、今後はもっと毅然とした姿勢で臨む必要がある。

 もっといえばこの判決は、非近代的な地縁血縁関係を過剰に重視した伝統的な政治力学を許容している「沖縄社会」そのものを本質を問うきっかけとなる。

 簡略化すると、首里士族由来の出自を持つ那覇市長・翁長雄志氏(当時)が、久米士族由来の出自を持つ仲井眞弘多県知事(当時)などといった有力者が属する宗教的血縁団体に対して公有地を無償で提供した構図となる。いってみれば旧支配階級内部での馴れ合い行政の産物であり、王朝時代(封建時代)の支配構造を引きずった沖縄の時代錯誤を象徴するものだ。

 それは政治的保守派による行政の「私物化」でもなければ、政治的左派の支持を得た翁長雄志氏による中国派に対する優遇策でもない。久米崇聖会には仲井眞弘多元知事だけでなく、各界の人士が会員となっており政治的にはむしろ中立だ。

 今回の案件で政治的イデオロギーを問題とするのは間違いであって、最大の問題は沖縄に残る封建制の残滓が、県民や国民の諸権利・諸権益を踏みにじるかたちで露出したところにある。したがって、歴史的な観点からすると、那覇市の対応は、孔子廟設置に用地を無償で提供することにより、封建制下における久米人の特権的立場を復活させたことになる。
(4/17 FB:篠原 章(批評.COM)より抜粋)





【酔駄言】 ☀ 20/24℃:0mm:久々の快晴、青空を流れる雲の行方を追いながらの朝食

 三山時代から始まった支那への朝貢/冊封によリ、学術と航海術に長けた中国人三十六家を賜り、彼らはナーファ(那覇)の浮島の一角「久米」にクニンダ(久米)集落を根付かせた。彼らを久米三十六姓といゝ琉球王府の指導者群となった。

 クニンダ衆は王府士族を教育し王府内に確固たる地位を築いたが、尚氏王朝は彼らを高位につけ優遇したが決して行政府のトップには着けなかった。唯一の例外は蔡温(サイ・オン)で内閣の三司官として重用した。

 久米人は渡来以来600有余年にわたり王府の学術の権威として、王府の士族として勢力を保ち行政に影響力を発揮してきた。以来600余年を経てなお久米人としての血脈・地縁を維持し現在沖縄の政経に隠然たる勢力を維持している。


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2018年04月25日

孔子廟は宗教的な施設?

孔子廟は宗教的な施設?
孔子廟訴訟、判決に那覇市が控訴へ
孔子廟.jpg
 那覇市の松山公園にある久米至聖廟(しせいびょう)(孔子廟)への土地の無償提供は憲法で定める政教分離に違反し、同市が使用料を請求しないのは違法とした那覇地裁の判決に対し、同市は福岡高裁那覇支部へ控訴する方針を固めた。(4/25 沖縄タイムス)

←那覇市有の松山公園にある久米至聖廟「孔子廟」

那覇地裁は久米至聖廟を宗教的な施設と判断

 那覇市の松山公園内に設置された久米至聖廟(孔子廟)の公園使用料免除の適否が争われた訴訟の判決で、那覇地裁は13日、久米至聖廟を宗教的な施設と判断した。

 原告代理人の徳永信一弁護士は「公有地で中国の祭事が儒教という形で行われているのは疑問だ」と指摘し、孔子を祭る儀礼が宗教的と問題にした訴訟の意義を強調した。一方で琉球史の専門家は歴史的背景を踏まえ「施設は文化的側面が大きい」と困惑。

 久米至聖廟は儒学の祖である孔子やその門弟が祭られ、正殿や琉球で最初の公立学校とされる「明倫堂」などで構成される。14世紀に中国福建省などから琉球に渡来し、琉球王朝の繁栄を支えた久米三十六姓が17世紀に久米村で廟を建立したのが始まり。18世紀には明倫堂が建設され、儒学教育が行われた。

 しかし至聖廟は沖縄戦で焼失。戦後は1975年ごろ、那覇市若狭の久米崇聖会所有地に再建され、2013年に久米地域にある松山公園に移転した。今でも地域に向けて論語の講座などが開かれている。

 琉球史が専門の田名真之県立博物館・美術館長は、これらの経緯から「中国の文化を沖縄に定着させた久米村の歴史自体が沖縄の歴史や文化と捉えられる」と指摘する。
(4/20 琉球新報より抜粋)


つづく:「地縁血縁社会・沖縄に打ち込まれた楔」





【酔駄言】☁ 20/24℃:0mm:夕方に最低気温、陽の目を見ないと意気上がらず

 孔子廟は旧若狭時代も新設された久米の松山公園も観た。若狭の孔子廟は波上宮の東手前にある護国寺に隣接、久米松山は市立福州園に隣接の市有地に建てられた。しかし、旧若狭の久米崇聖会施設は残存している。

 若狭の施設は久米人の私有地だが一般にも開放されていて見学は自由だったが、市有地に建てられた新孔子廟は四周が柵に囲まれていて、正門も閉じられているので見学ができない。これでは逆ではないか?

 まぁ、新旧の孔子廟に関してはとかく問題が報じられていたが、ボクの関心は訴訟問題でなく久米帰化人と琉球王府の係わり合いにあり、久米人末裔の仲井眞前知事と、王府士族末裔の翁長現知事との古今の琉球/沖縄権力構造にある。


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2018年04月24日

絶滅危惧種コウモリ

ヤンバルで絶滅危惧種コウモリ発見
京大(返還された)旧米軍訓練場で確認


ヤンバルホオヒゲコウモリ.jpg
(MBS)

 京都大大学院情報学研究科コウモリ生態学のチームは23日、沖縄本島北部で米軍から2016年12月に部分返還された旧北部訓練場で、環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されているヤンバルホオヒゲコウモリを確認したと発表した。1996年に発見された固有種で、これまで沖縄本島と鹿児島県の徳之島、奄美大島で数個体しか報告例がなかった。

ヤンバルホオヒゲコウモリ2.jpg
(MBS)

   確認場所は沖縄県国頭村のやんばるの森で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界自然遺産の候補地になっている。チームは今年2月中旬から約1カ月、コウモリの調査を実施。2月20〜27日にかけてオス3匹を捕獲した。いずれも羽を広げた体長が16〜18センチ、体重4〜5グラム。2匹に発信器を付け追跡調査したところ、川のそばの木の洞をねぐらにし、1平方キロメートルの範囲で生活していた。

ヤンバルホオヒゲコウモリ3.jpg

 確認した日系米国人で博士課程2年のジェイソン・プレブルさん(26)は「今回の確認場所は(96年の)発見の場所とほぼ同じで、米軍訓練場が保護区のような役割を果たしていたと言える。詳しい生態を明らかにして保護につなげたい」と話した。

 生態はほとんど分かっておらず、今回得られたデータを基に解明していくという。鳴き声を録音し公開した。96年に米軍の依頼で発見した松村澄子・元山口大大学院准教授(動物行動学・音響行動学)は「最初の発見以降も北部訓練場内で見つかったという話は聞いていた。今回の確認が詳しい生態解明につながれば」と期待を寄せる。
<4/24 毎日新聞)





【酔駄言】☁(/☂) 22/28℃:20mm:曇天のち夕方から雷雨、全天に雷光はしる

 沖縄で最大の面積を専有していた米軍の北部訓練場が、半分も返還されほとんど手付かずのヤンバル森林が戻ってきた。ジャングル訓練基地やヘリパッドを除き原始の自然が遺されていて、世界遺産の候補地に組み入れられている

 北部訓練場はヤンバルを横断する県道2号線を除き、米軍の管理下で林道/農道が許可されず荒廃を免れた。訓練場外のヤンバルは縦横無尽に林道/農道で切り刻まれていて、自然が破壊され世界遺産の対象外となっているようだ

 北部訓練場にはヤンバルクイナやノグチゲラなどに加えて、本文のヤンバルホオヒゲコウモリなど絶滅危惧種の貴重な動植物の宝庫だ。米軍の基地のうち海岸沿いを専有する地点では、かなりの手付かずの自然が遺されているのは功罪であろう


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2018年04月23日

ど根性パパイヤ

ど根性パパイヤ
えっ…こんな所からにょっきり タフなパパイア、側溝育ち


どこんじょパパイヤ.jpg
 嘉津宇集落近くにある農道の側溝の穴からパパイアが自生し、枝を伸ばしている

 側溝は深さおよそ30センチ、幅およそ30センチのコンクリート製。高さおよそ1メートルに育ったパパイアは、側溝の壁にある直径約5センチの水抜き用の穴に根を張り、道路に顔を出している。

 昨年、側溝で育ったパパイアを見たという同区の古波英男さん(70)は「パパイアは恐らく鳥の媒介によるものと思う。最初に発見したときは30センチぐらいだったが大きくなった」と笑顔で話した。

 隣の穴からはクワズイモ(サトイモ科)も負けじと茎を伸ばしている。
(4/18 沖縄タイムス)





【酔駄言】☁|☀ 22/27℃:0mm:雲の切れ目から時折り陽が射し青空が現れる

 沖縄は亜熱帯のせいで植物の成長が早い。身の回りでも植生は豊かで庭木も繁茂している。壺屋は琉球石灰岩の丘陵地だが下水道は100%、しかし、雨水の流下経路は複雑でスージグヮーの裏路地を縦横に縫っている。雨水と下水は違うことは知っていたけど

 雨水の側溝にも流下量に差異があり淀んでいるところもある。そんな側溝や会所(集水桝)には必ず雑草が旺盛に繁茂している。町民会で定期的に浚わないと大変なことになる。しかし。そんな淀みはジンジン(ホタル)の生息場所なので痛し痒しだなぁ


ラベル:パパイヤ
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2018年04月22日

泡盛壺瓷はアラヤチ

泡盛壺瓷はアラヤチ
泡盛固有の飲酒文化(4)-2:小泉 武夫


南釜.jpg
フェーヌガマ(南釜)はアラヤチ(荒焼)の釜

 琉球王国の正史として編さんされた歴史書『球陽』によると、尚貞王の時代の1682年の項に「昔、壺屋は美里の知花と首里宝口、那覇湧田の3カ所にあり、その陶窯を牧志村の南に移し、合併させた」とあり以後、琉球陶器の一大生産地となったのが今の国際通り近くにある壺屋焼物(やちむん)街である。

 泡盛の歴史と共に歩んできた壺屋焼には上焼(うわやち)、荒焼(あらやち)、カマグヮー焼、アカムヌー(素焼き)の4種があり、保水性の確保のため上薬を塗った上焼は日用雑器として、上薬のない荒焼は泡盛容器として現在もよく用いられているものである。

 家庭で用いられている泡盛貯蔵用の壷屋焼の壺や甕(かめ)は、独特の風格を持っていて、釉(うわぐすり)のかかっていない荒焼である。すんなりとしたスマートなものから、やさしい曲線で作られた豊満なものまでさまざまあって見る者を大いに楽しませてくれる。

 荒焼なので、壺に泡盛を入れると、壺の内側の肌に露出している金属イオン(マンガン、マグネシウム、カリウム、カルシウム、鉄、リンなど)と泡盛の成分が接触し、そこで物理化学的熟成反応が起こり、酒は壺の中で一層マイルドな味へと育っていくのである。

 世界中のほとんどの蒸留酒は木の樽(たる)に貯蔵する中、ひとり泡盛はこのような荒焼の土器に入れるのは珍しく、しかも家庭で、貯蔵中でも確実に熟成していくというのは、他に例のない固有の技法である。

 琉球のかなり多くの家庭には、昔から泡盛貯蔵用の甕や壺が囲ってあって、そこで酒を育てて楽しんでいく風景は、世界中どこへ行っても見られない事である。


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            アガリヌガマ(東釜)はジョウヤチ(上焼)の釜、重文新垣家と東釜(右側)

 小泉 武夫:1943年、福島県小野町生まれ。東京農業大卒。農学博士。専門は発酵学、食文化論。東京農業大名誉教授のほか、琉大など五つの大学の客員教授を務める。「琉球料理と泡盛」の世界遺産登録推進委員会副会長

 おわり(4/5 琉球新報)





【酔駄言】☂ 21/24℃:19mm:ヤマトゥでの30℃以上に比べてヒンヤリベタベタ

 壺屋は統合時からアラヤチ(荒焼)が優勢で、統合宗家のナナチネー(七家)も荒焼窯が過半数を占め、ジョウヤチ(上焼)窯は劣勢だったようだ。上焼は釉掛け/上絵付けの工程上、一度焼きの荒焼に比べ手間と時間がかかり、コストもかさみ士族向けの食器が主であったようだ。

 一方、荒焼は泡盛や水/油/食料の貯蔵用で大型の瓷/壺が主で、需要も多く壷屋焼の製品の大半を担っていた。しかし、戦後のプラスチック容器の普及で需要を失い、上焼に主客を奪われほとんどすべての荒焼窯は上焼窯に転向した。

 上焼の沖縄ならではの奔放な上絵や色彩が、民芸運動の機運とともに評価され、今日ではガス釜の壺屋に荒焼窯はない。統合時の王府拝領窯/屋敷のうち荒焼窯跡はフェーヌガマ(南窯)であり、ジョーヤチ(上焼窯)はアガリヌガマ(東窯)が復元されている。


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