2015年02月14日

St.View-ani:三州足助渓谷・明智大正村



  足助町(あすけちょう)は愛知県の東加茂郡に属していた町で香嵐渓の紅葉が有名。 古来、三州街道(塩の道)の足助宿として栄え、山道の脇往還として発達したが美濃街道・伊保街道・七里街道(足助街道)へも通じる中継地であり、古来より政治・軍事・交通の要衝ともなった。2005年に近隣町村と共に豊田市へ編入された。

 香嵐渓(こうらんけい)は矢作川支流の巴川がつくる渓谷で愛知高原国定公園の一角に当たる。寛永11(1634)年に足助にある香積寺の参道にカエデの木を植えたのが始まりで、中間に三州足助屋敷(さんしゅうあすけやしき)が1980年に開館した。消えゆく昔の日本の暮らしや風景を提供すると共に、技術の伝承を行うことを目的としている。屋敷本体は茅葺屋根の古民家に見えるが移築ではなく新築されたものである。



明智町」は岐阜県恵那郡にあった町で、2004年に周辺市町村との合併により恵那市となった。鎌倉時代に明知遠山氏の始祖が明知城を築城し、現在の恵那市・中津川市にかけての地域を治めた。江戸時代に一国一城令によって明知城は廃城となり街道脇道の宿場町として発展。明智光秀の出身地がこの明智町と可児市の明智のどちらかで議論になっている。

 明治・大正期には養蚕・製糸産業で栄え、市街地には西洋文化の影響を受けた当時の建造物が残っており、それらを生かして昭和59年に日本大正村が開村した。特定の敷地内に設けられた施設ではなく街全体(旧・明知町)で、大正時代の雰囲気を保存・再現した店舗、資料館、博物館などが軒を連ねている。





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 愛知は名古屋も県下もほとんど知らない。足助は三州と頭につく三河の国で宿場町で、太閤記物で地名だけは知っていた。しかし宿場往還は古い家並みや商家も残っているが、町ぐるみの保存運動は行われていないようで、新旧の建物が混在していて眼鏡にかなわなあった。しかし町外れに紅葉の素晴らしい渓谷を見つけた。

 明智は足助と距離的には近いが谷筋が違い岐阜県。この地名も戦国の光秀で記憶に残ったが生誕地論争があるようだ。また、終着駅シリーズの「明知鉄道」で大正村があること知り、今回は町なかの隅々を歩き(St.View)廻った。こちらも足助と同様に新旧の建物があったが、古い家並みだけの視角でコンテンツをまとめたしだい。 (21:45)


posted by まな兵衛 at 17:53| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | V.Trip | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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